「お前さん見かけん顔やね、どっから来たと?」

 「どうせ猫と戯れとるわ」という白石の言葉を思い出した。その言葉通り、部活にやってこない千歳は学校の片隅でまるで人間と話すかのように猫と戯れている。初対面の人は必ずビビるくらい大きい人間と、無意識に愛でたくなるほど小さな猫。微笑ましいんだかアンバランスなんだか。

「千歳」

 呼べば、千歳は黒い猫を抱きながら振り返った。「ナマエ」と笑うからため息をつく。

「部活出らなあかんやろ」
「もうそんな時間ね?」
「せやで。ほら、行こや」
「まぁまぁナマエ、見なっせ」

 呆れ顔の私に、千歳が背を丸めて嬉しそうに黒猫を見せてくる。目の前にいる目つきの悪い黒猫を見て、ふと何かを思い出して気がつけば叫んでいた。

「光や!」
「そっくりやろ?」
「わー!何やねんこの目!光やん!」

 手を伸ばすと、千歳が笑いながら黒猫を抱かせてくれた。しかし私の腕の中に入った途端、それまで大人しかった黒猫は急に嫌そうに体をくねらせてあれよあれよと地面にストンと着地する。そして私から逃れるように千歳の足の近くに行くのだった。暴れて引っ掻いたりするわけでもなく、ただ嫌がった感じがこれまた光にそっくりである。

「ほんっま光やな!そんなんされると余計かまいたくなるっちゅー話や!」
「おぉ、っとと」

 黒猫を抱こうと千歳の足に近づく私と、それを避けようと動く黒猫にぶつからないようにと千歳が困ったように笑いながらバランスを取った。

「ナマエ、危なかけん」
「ちょ、待ちぃ、光っ」
「こりゃもう聞いてくれんね…」

 千歳の呆れた声は聞こえていたが無視をした。嫌がるくせに千歳は好きなのか遠くへ逃げない黒猫は、さながら私たちがアホをしたりそれに巻き込まれるのを嫌がるくせに遠くへいかない光のようだった。つまりやっぱりきっぱりそっくりだ。

「光ー、おいでおいでーっ」
「…何してはるんスか」
「ナマエ、本物が来たばい」
「えっ」
「は?」

 千歳の声に顔を上げれば、そこには本物の光がいて私たちの言葉に眉間にシワを寄せていた。私の腕の中から逃げたときの光(猫)とそっくりだ。

「本物の光!」
「パチモンではないですけど。なんすか、キモい」
「またアンタはそないなこと言う!」
「この人は何でまたこんな意味不明なこと言ってはるんですか、先輩」
「ん」

 光が質問すると、千歳は足元の猫をひょいと抱き上げて、さっきの私にしたように光の目の前に猫を差し出した。光は「あ?」と無礼にも呟く。

「アンタそっくりやろ?んで私に対する無礼さもそっくりやからもうオモロくてオモロくて」
「似てへんし」
「ははは、似とうよ」
「…そうですかね」
「何で千歳の言葉には素直やねんお前!」
「っちゅーかナマエさん、部長が遅い言うてましたけど」
「あ」
「頼まれたこともせんと猫と遊んどったって言うときます」
「いや千歳も」
「先輩、次俺とゲームなんで」
「光とは久しぶりたいね」
「そらなかなか部活こぉへんから」
「無視すな!」


「っちゅーわけやねん、ほんっま可愛ないやろ!」
「可愛ないんや?」
「いや可愛えけど!」
「やろな。まぁ、とりあえず」
「あだ!」

 コートに戻って白石にさっきのことを話すと、とりあえずで頭にチョップをされた。軽く痛い。

「何すんねんっ」
「ミイラ取りがミイラになりよって…お前も千歳もおらへんと部活に支障が出るんやからな」
「…すんません」
「わかればええねん」

 素直に謝ると白石はチョップしたところをポンポンと叩いた。飴と鞭というか、部長やなぁと改めて思う。すると「部長」と声がして、その声の方向に二人して目線を向けた。噂の光だった。その後ろから上のジャージを脱ぎながら千歳もやってくる。

「コート使ってええんですよね」
「あぁ、せやったな。謙也たちの次に入ってくれ」
「はい」
「それと、ナマエからいろいろ聞いたで」
「自分からサボリを暴露したんスか。アホやな」
「な!また先輩に向かってアンタは!ちょっとこっちに来い!」
「嫌っス」
「ははは」

 私たちを見て千歳が可笑しそうに笑うから、白石が不思議そうに呟いた。

「何笑てんねん千歳」
「いや、ナマエは光大好きやね」
「うげ」
「うげって!」
「せやねん、生意気なとこが構ってて楽しいらしくてな」
「ほんまキモいっすわ」
「逆効果やで、光。アンタほんまは私のこと好きやろ?」
「ないわ。キモい」
「抱きしめたる!」
「げ」
「おっと」

 光に突進すると、光は心の底から嫌そうな顔をして塗り壁のように大きな千歳の後ろに隠れた。目の前の千歳を見上げて「千歳ばっかり光に好かれてずるいわ!」と叫べば千歳はまた可笑しそうに笑った。そしてまた私の頭にチョップが降ってきて、痛がって白石に抗議をしている間に光と千歳はコートに向かって行ってしまった。二人でつかず離れず歩く姿がやっぱりさっきの黒猫みたいで「まだまだ仕事があるやろナマエちゃん」なんて言う白石の声で「どうせ猫と戯れとるわ」という白石の言葉を思い出した。あぁ、私もあの黒猫に好かれたい!


20110914

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -