ジローはトマトが嫌いである。故にジローのお皿にトマトが乗っているとジローは勝手に私たちのお皿にトマトを置いたり、私たちが勝手にジローのお皿からトマトをとったりする。小さいころからの決まりごとみたいなものだ。
「いっただきまーす」
「あ、トマトだよ」
「おう。ジロー」
「あーい」
「…おい」
上から岳人、私、亮、ジロー、跡部である。お叱りがきそうな声色に私たちはついびくっとなってしまったが、亮だけは堂々とジローのお皿からプチトマトを掴んで自分のお皿に乗せながら「なんだよ」と言った。別に私たちも怒られることをした記憶がないのだけれど条件反射である。唐突な跡部の「おい」には気をつけろ、説教が飛んでくる前兆であることが多い。
「ジロー甘やかしてんじゃねーよ」
「何が」
「それだ」
「何?トマトのこと?」
「何でトマト」
跡部が指したプチトマトを見ながら私と岳人が言うと、跡部は私たちをぎろりと睨んだ。これにも弱いのでとりあえず目をそらす。
「それぐらい食わせろよ」
「しょうがねーだろ、昔からこいつこれだけはダメなんだからよ」
「跡部も知っとるやろ、俺かて知っとるで?」
「そうだよ」
「プチトマトだろうが」
「それでもこいつはダメなんだよ」
「ね〜」
岳人の言葉に、渦中のジローは暢気にご飯を頬張っている。このマイペースさは毎度のことなのでスルーし、私は言った。
「ってかこの間のランチで出たサラダのトマトは食べてあげてたじゃん。ねぇ、萩もいたよね?」
「んーそうだったね、確かに」
もはや蚊帳の外を決め込んでいた萩之介もご飯を食べていたが話は聞いていたらしく、私の言葉に笑いながら同意した。そう、この間樺地を含む五人で食べたときには跡部はジローのトマトを誰が言ったわけでもなく黙って食べたのだ。その後気付いたジローが「あれ、トマトがなくなってる!」と嬉しそうに言ったのを跡部が「遅ぇよ」と笑いながら言ったのを私は間違いなく覚えている。
「あれは普通のトマトの四分の一だったからな」
「…」
「……」
「何だよ」
「いや、なぁ?」
「ねぇ」
「あーん?」
「跡部優しいんだか優しくないんだか…」
「ツンデレっちゅーやっちゃな」
うんうん、と私はうなずきながらパンを頬張った。それにならってか、みんなも「いただきます」とランチに手をつけ始める。
「この前もさ、私ピーマン苦手じゃん?よけて食べてたらいつの間にかなくなっててさ」
「お前ピーマン食べたらすげぇ顔色悪くなるからな」
「そうそう、昔ピーマン頑張って食べたらがっくんにすごい形相で吐け!吐け!って背中ばんばん叩かれたよ」
「ぶっは」
「きったねぇ忍足!」
「バーカ」
想像してウケたのか、口の中のものを出しそうになった忍足と、それを見て怒鳴る亮を跡部が笑いながらけなした。パンを食べながら、おぉ、このバター美味しいなんて思っていたら右隣のジローが「おうっ」とびっくりしたような声を出したからジローを見れば、ジローのランチにまだ隠れていたらしいプチトマトが現れていた。あーあ、とジローの右隣に座る岳人が呟くと、声を聞いた跡部がこっちを見る。
「…食うのか?」
何を思ったのか、さっきは一番ジローを庇っていた亮がそう聞いた。ジローはすぐさま「え〜」としかめっ面をして「だよな」と言いながら亮は跡部を見る。私たちも跡部を見れば、跡部は観念したようにため息をついた。
「…食ってやれ」
「おう」
「ありがとー」
こうしてジローのプチトマトは今日も亮の胃袋に収まるのであった。左隣の忍足が「結局跡部が一番甘やかしてるやんなぁ」と言うから「ね」と同意し、ランチにフォークをつけるとピーマンが現れた。思わず「げっ」と呟けば忍足が「はいはい」とピーマンを取ってくれる。
それを見ていた跡部がまた「ったくテメーらは…」とため息をついた。さらにそれを見た萩之介は優雅にパンを千切りながら笑って言った。
「うちの部員は好き嫌いが治りそうもないねー」
20110815