「ナマエ、これ頼む」
裕次郎が投げたものが飛んでくる。それを掴み、「え、何っ?」と言っている間にもう裕次郎は防波堤から海に飛び込んでいた。水しぶきが飛んできて口に入った、しょっぱい。凛たちと騒いでいる裕次郎を見て、裕次郎が投げたものを見れば裕次郎がいつも首にかけてるネックレス、否、指輪だった。裕次郎のお父さんが漁に行くときに裕次郎に預けたものである。…こんな大事なものを私に預けていいのだろうか。しかも投げて。
焼けるように熱い防波堤に座って、この指輪をどう持っていようかと迷っていたら誰かが来た気配がして顔を上げる。太陽が目に入ってイラッとする。眉間にシワを寄せて目を細めて見れば永四郎だった。
「もう入ってたんですね」
「うん。どこ行ってたの?」
「ちょっと家に」
「ふーん。あ、永四郎これ預かっててよ」
「何ですか?…甲斐くんのじゃないですか」
永四郎は呆れたようにそう言いながら私の隣に座った。あ、髪が綺麗になってる。髪を綺麗にしに帰ったのかな。どうせ海に入るから無駄なのに。永四郎の額にはうっすら汗が浮かんでいた。きっと私も同じだろう、防波堤が太陽を全て吸収して暑い。額の汗を軽く拭いて、永四郎に言い放つ。
「なんか持ってるの怖いじゃん。なくしたら、とか」
「首からかければいいでしょう」
「えーそれは、なんか、ちょっと」
「甲斐くんのお父さんは貴女のこと気に入ってるじゃないですか」
「それとこれとは別じゃんか」
「甲斐くんも別に怒りませんよ」
「だろうけどさ」
「まぁ普通にしてたらなくすことなんてないでしょうが」
「いや、落としたりしたら」
「俺が拾いますよ」
「…」
うわ、今のちょっとかっこよかった。そういうところがやっぱり部長っぽいよなぁ、まぁ昔からガキ大将みたいなところはあったけど。
海から凛が「えーしろー!」と呼ぶ声がした。楽しそうだなぁ。
「呼んでるよ」
「えぇ」
永四郎がYシャツを脱いだから手を伸ばしてそれを受け取る。今日の私は預かり係なのか。
永四郎が海に飛び込む、また口に水しぶきが入ってしょっぱい。永四郎のYシャツを畳んでそばに置き、飛ばないように手で押さえる。そんなことをしていて気づかなかったが、上半身裸の裕次郎が上がってきていて私の隣に座った。濡れるからか、裕次郎は私にあまり近づかない。暑いからむしろ近づいてほしい気もするし、湿気があるのはもあっとするから嫌な気もする。
「ナマエ入んねえのか?着替えてんのに」
「…だって裕次郎が指輪渡してくるし」
「あい?」
「ねぇ、なんか怖いしやっぱり持ってられないんだけど」
「何がよ」
「なくしたら嫌じゃん」
「じゃあ首にかければいいだろ」
「だからさぁ」
永四郎にも言ったけど、と反論しようとしたら裕次郎が私の手から指輪をとって、私が濡れないように濡れた手でそっと私の首に紐をかけた。
「よし」
「いやいや」
「服ん中入れときゃ大丈夫だから」
と裕次郎は笑いながら私の体操服の首を引っ張り、その中に指輪を入れる。女子にそんなことしたらダメだろ、と思ったけどこいつに他意はないし幼なじみだからか私もどうも思わない。ただ、これで本当に大丈夫なのかという不安だけだ、もし落としたら裕次郎はきっと悲しむ、私が泣いたときみたいな顔をするに違いない。
「落としたらどうすんの?」
「俺が拾うよ」
「…」
永四郎と同じ言葉、なんて頼もしい幼なじみであろうか。海から慧くんが「裕次郎!ナマエー!」と呼んでいる。その声を聞いて、あ、でも二人が探してくれるのは当たり前だけどきっと凛や寛や慧くんも探してくれるんだろうな、あとこういうときの不知火だよね、とふと気が楽になった。裕次郎が「おー!」と答えて立ち上がり、私に手を伸ばす。いつの間にかしっかりした手になっていた裕次郎の手を掴み立ち上がった。裕次郎が行くぞ、ナマエと楽しそうに言うから私もニヤリと笑って足に力を込める。
「せーのっ!」
どぼん!
今度は水しぶきどころじゃない、口は閉じても懐かしいような塩分が私のどこもかしこも覆って、さっきまであんなに暑かったのにびっくりするくらい解放感に満ち溢れて楽になった。裕次郎の手を放してプハッと顔を出せば、それまでゴポゴポと静かで遠くからも近くからも聞こえる海の音しかなかったのに、みんなの笑い声が急に耳に入ってきてつられるように笑った。
20110804