休み時間、永四郎に呼ばれてドアまで行くと廊下がびしょ濡れでびっくりした。台風が近づいて雨が降っているけれど窓は閉まっているから濡れるはずはないし、湿気でこんなに濡れるはずもない。そんなことを思っていた私の視線に気づいた永四郎は呟く。

「さっきの休み時間に開けっ放しだったんでしょうね」
「あ、さっきの授業中に本格的に降り始めたもんね。うわーすごい」

 滑りそうだなぁ、と私は思わず眉間にシワを寄せた。こういう「いかにも転びそうな所」で私はよく転ぶ。ドジっ子と言えれば可愛いかもしれないが、生憎ただの運動音痴、略してうんちだ。

「気をつけなさいよ、あなたこういうところで転けるんですから」
「同じこと思ってた。でもこういう時に限ってトイレに行きたい」

 だがトイレに行くためにはまんべんなく濡れた廊下を渡らなければいけない。二歩、いや、三歩で渡れるくらいだろうか。大股で歩けばリスクは高くなるけれど、濡れた廊下に足をつける回数はなるべく少ない方がいい。

「永四郎くん」
「しょうがないですね」

 永四郎はため息をつき、紳士的に私の手をとってくれた。こういうときの永四郎、バランス感覚が無駄にいいんだから頼りになる幼なじみだ。永四郎に支えられながら濡れた廊下に一歩足をつけると、廊下の向こうにあるトイレから凛と裕次郎が出てきた。連れしょんをしていたらしい。私たちを見るなり、凛がバカにしたように笑い出す。

「裕次郎、永四郎が王子様してるさー」
「ナマエが渡れないから支えてるんだろ」
「あぁ、うんちだもんなナマエ」
「黙れ凛」

 それに比べて「ナマエ」と向こうから手を差し伸べてくれる裕次郎はさすがだ、私は本当に幼なじみに恵まれた。裕次郎の手を取って廊下を渡り終えると、凛が「うんち」とまたバカにした。おいやめろトイレに行きづらい。凛を睨むと同時に永四郎が喋り出す。あ、そういえば用事があるからきたのか。

「ちょうど良かった、今日の部活の件ですが」
「休みなんか?」
「台風近いんだばぁ?」
「らしいですね。早めに切り上げるとは思いますけど筋トレだそうです」
「あいよ」
「部室からタオル持ってこないと」
「俺らが行きますよ、ナマエに雨の中走らせるのは危険です」
「だからよー」
「みんなして…」
「別にうんちとは言ってないやっさー」
「私も言ってないし裕次郎が一番ひどい…」
「事実さー。なぁ永四郎」
「ノーコメントでお願いします」
「もう知らない!トイレ行くし!」
「うんちがトイレ行くってよー」
「言うと思っ…ぎゃあ!」

 案の定からかってきた凛に怒ろうと振り向きながら足に力を入れたら、靴の裏についた水のおかげで私の体が大きく傾く。のを、凛が掴んで支えてくれた。

「やると思った」
「あ、ありがとう凛…」
「靴の裏に水がついてると分かっててもあれですからね」
「そのうち良くなると思ってたんだけどなー」
「遺伝な気もしますけど」
「あー」
「お、お母さんの悪口言うな!」


20110719

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