「おい、ナマエ」
「はいはい何でしょう」
「足、血ぃ出てんぞ」
「え?」

 ボールを拾い集めていたら亮にそう指摘され、指された右足のくるぶしあたりを見ると刃物で切ったような三センチくらいの傷があって、少し血が垂れていた。滅多に流血なんかしないであろうその場所と、ぽつんと一部だけ赤に染まったくるぶしまでの靴下に意味はないのに思わず「わっ」と膝を曲げて片足で立った。

「あーあ、靴下が…」
「痛くねぇのか?」
「全然。気づかなかったし」
「おら、絆創膏」
「あ、ありがとう。あー靴下新しいのになぁ」
「今のうちに洗っとけば大丈夫だろ」
「んーじゃあ洗ってくる。はい、ボールあげるよ」
「おう」

 集めたボールを亮ラケットに乗せ、どうせ水で洗うしと血を少しだけ指で拭ってこれ以上靴下につかないようにした。それでもちらちら右足を気にしながら歩いていると、ドンッと誰かにぶつかった。若だった。

「あぁ、すいません」
「こっちもごめん」
「…どうしたんですか?」

 拭った血のついた指先のやり場に迷っていた最中で変なポーズをしていたからか若は血に気づいてそう聞いた。

「なんか足にいつの間にか傷があってさ、ほら」
「切り傷ですね」
「ですね。靴下新しいのに血がついたから洗ってくる、亮に絆創膏もらったし」
「消毒もした方がいいですよ」
「ん、ありがとう」

 そう言って若と別れる。消毒なんか考えもしなかった、几帳面で丁寧なところが若らしいなぁ、育ちがいいって感じ。いや育ちがいいのは間違いないんだけど。
 とは言っても部室まで消毒液を取りに行くのはめんどくさい。誰か都合よく持ってないかな、なんて思っていたら後ろから「ナマエ先輩!」と呼ばれた。やってきたのは長太郎で、手に何か持っていた。あれはもしや…!

「消毒液、使ってください」
「長太郎ナイスタイミング!」
「部室に返そうとしたら、いま日吉に先輩が怪我したってことを聞いて…大丈夫ですか?」
「うん、痛くはないし、全然。ありがとね」
「いえ」

 じゃあ俺、練習に戻りますねと長太郎は走って行った。あぁ、なんていい後輩だ、大型犬って感じ。ラブラドールレトリバーって感じ。日吉は中型の日本犬って感じ。柴犬じゃ可愛すぎるかな、なんて考えながら水道のあるところに行き、靴と靴下を脱いで洗い場に足を上げた。ついでに汗にまみれた足の裏も洗ってしまおうと、水を勢いよく出す。あっ、タオル忘れた。あー馬鹿だーコートのとこに置きっぱなしだーどうしよー。

「ナマエ」
「あ、跡部、ちょうど良かったー、私のタオル取ってきてくんない?」
「あーん?っつーかそんなはしたねぇ格好してんじゃねぇよ、一応女だろ」
「だってこっちの方が手っ取り早いし」
「大丈夫なのか?」
「うん。痛くはないよ」
「その傷、多分ボールのカゴのせいだとよ」
「え?」
「古いのがいくつかあるだろ。小さいが破れたところがあってな。触ると痛い程度だから気にしてなかったらしいが、お前それを蹴ったり無意識に足で動かしたりするからいつの間にかそれで切ったんだろ。二年が言ってたぞ」
「あー、確かに古いのある、なるほど」
「で、樺地が一応修理したがこの際古いのは破棄して新しいのを買うことにした。お前どれくらい把握している?」
「古いやつの数?多分四つか…三つかなぁ、壊れそうなやつとかもみんなに聞いたりしてみるよ」
「あぁ。多めに注文するつもりだが、確実に把握した方がいいな」
「はいよ。あ、でもカゴは捨てないでいいよ」
「あ?」
「せっかく樺地が直してくれたんだし、洗濯物カゴにでも使うからさ。ほんと、後輩って可愛いね」
「なんだそれ」

 ハッと跡部は笑った。怪我を心配してくれた若や、消毒液をわざわざ持ってきてくれた長太郎、カゴを修理してくれた樺地、私を見ていてくれるから怪我の原因に気づいた他の二年生、彼らを考えると立派な先輩になろうと思えた。ただ私はちゃらんぽらんだから、亮や跡部を見習わなきゃいけないんだろうけど、とりあえず私なりに可愛い後輩たちのために頑張ろうと思う。

「ところで跡部、タオル貸してくんない?足拭きたい」
「ふざけんじゃねぇよ、何で俺様のタオルをてめぇの足ふきにしなきゃなんねぇんだよ」
「えっ、どこ行くの、まさかの放置?この体勢そろそろきついんだけど!」
「自然乾燥でもしとけ」
「跡部の馬鹿ー!」

 数分後、がっくんと忍足がタオルを持ってきてくれました。

「跡部に頼まれたんやで。ついでに手当てしたるわ、救急箱持ってきたし」
「げ、痛そ。大丈夫か?」
「ああもうみんな大好きだよ」
「きも」

 救急箱の大きな絆創膏を使ったら亮からもらった絆創膏が余ってしまったので、芝生の上で寝ていたら草で頬を切ってしまったというジローに貼ってあげました。「ありがと〜」と言われ、「ありがとう」って言うのも言われるのもいいことだ、と漠然と思ったりしました。けど明日にはもう忘れていると思います。


20110605

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