見えない。
 猛の部屋は汚い。ETUはもちろん、他のチームの試合のDVDやゴミ、服、雑誌、いろんなもので床が見えなくなることもある。今がその状態だ。狭いことも一因ではあるのだろうけど、とりあえず猛の性格が原因であることも間違いではないだろう。私が部屋を片付けている最中にも関わらず猛は気にもせずテレビにかじり付いていた。でもそんな後ろ姿を見ることが嫌いじゃない自分がいるのも確かだ。
 猛の服を畳んでいると私の携帯が鳴り始めて、テレビに集中していた猛がビクッと反応した。集中している分、余計にびっくりしてしまったんだと思う。ちょっと笑いつつごめん、と言って電話に出ると母親からだった。内容は最近どう?という話から、結婚の話へ。いろいろ聞かれるのもめんどくさいので適当に答えて切っておく。すると珍しく猛が「誰?」と電話の相手を聞いてきた。

「お母さん」
「あーだから結婚とか」
「うん。30も越えるとうるさいよ」
「じゃあする?」
「え?」
「結婚」
「…え?」
「何それ、嫌だってか?」
「え、違っ、いや、むしろ、え?いいの?」
「俺言ったじゃん、ナマエがいいよって」
「あ…」
「それに、結婚したらもう置いて行かねーよ」
「…」
「ナマエ?」

 まさにポカーンだった。本当に彼の言うことは予測不可能だ、プロポーズをされたはずなんだけれど、軽すぎて脳にコツンと来ただけで、そもそも猛が結婚だなんて、え?私と?猛が?夫婦?一生を誓って、同じ名字になって同じ所に住んで、子供を授かったりなんかして、とにかく私と猛が人生を共にするってこと?だよね?っていうか「置いて行かねーよ」って昨日の呟き、聞いてたんだ、答えてくれるんだ、あれ、何だろう、苦しい、息を吸って吐こうとすると涙が出る、おかしい、猛の顔がぼやけていく、声が出ない、手が震える、口が塞がらない、猛が笑いながら「ナマエ」と私を呼ぶ。

「俺は今からでもいいよ」

 区役所行くか、って、バカじゃないの、いろいろしなきゃいけないことがあるでしょうに、本当にバカだ。言葉がどうしても出なかったから首を横に振って、プロポーズを断ってないということを示すために猛の手を取ってゆっくりキスをした。それが伝わったのか、猛も笑ってキスを返して呟いた。こんなに甘い彼なんて一生に今日この瞬間しかないかもしれない!

「これからもそれなりに幸せに、な」

 その言葉に頷いて、もう一度キスをした。もう三十路も超えて夢見る女じゃいられなくなったのにバカみたいだけど、猛とこうしていつまでも二人でいる、それが当然で当たり前でささやかで幸せな未来しか私には見えない。


end
20110320
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テーマ「人外ファンタジー」
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