あ、私、根に持ってたんだ。
と思ったのは有里ちゃんとご飯を食べているときだった。午前中はこの間東京ヴィクトリーに引き分けたもんだか、監督への取材やらが立て続けに入って仕事に追われ、やっとお昼ご飯、というときで有里ちゃんは何かを期待するような目で私に最近の猛とのことを聞いてきた。「どう?」と言われても、別に普通としか言いようがない。普通で、つまらない話を聞いてイライラしたのか、そもそも、と有里ちゃんは少し声を荒げる。
「達海さんってナマエさんに好きだよとか言うの?」
「いや…言わない、かな」
「やっぱり…」
有里ちゃんがため息をついたから思わず笑った。確かに付き合うときだって「好き」とは言われなかったけれど、「ナマエがいいよ」というあの言葉だけで私は良かった。
「そんな淡白な感じでいいのナマエさんは?」
「はは、もう慣れたよ。それに、私はもう猛が勝手にいなくなったりしなかったらそれでいいや」
あ、私、根に持ってたんだ、と思ったのはこの瞬間だった。10年前、猛が勝手にいなくなったことを未だにそこまで責めたことはないけれど多分本当は根に持っていたんだと思う。
そんなことを思い出しながら私は夕飯のオムライスを食べていた。目の前の猛は次の試合に向けてか、何かの書類を見ながらご飯を食べているもんだから叱るべきか悩む。
「…こぼさないでね」
「んー」
とりあえずかけた言葉には生返事が返ってきて意味ないんだろうなと思った。証拠に、口元にはオムライスのケチャップがついていた。子供か。近くにあるティッシュを一枚とり、体を乗り出して咀嚼をしている猛の口元に持って行く。
「ついてるよ」
「ん」
拭ってやってもまた生返事、本当にフットボールバカだ。ティッシュを丸めてゴミ箱に向けて放ったけれど、それはゴミ箱の縁に当たって床に落ちた。あーあ、と軽く呟いてから、未だに書類に目を奪われている猛を見る。
「猛」
「んー」
「もう勝手にいなくならないでね」
「んー」
やっぱり生返事。有里ちゃんだったらぶちキレてるよと思いつつ最後にもう一度、と「美味しい?」と聞けば「んー、美味いよ」と返ってきたのでとりあえず許そうと思った。…甘いかな。
20110320