起きてないだろうな。
キャンプへ行く日の朝、トーストと牛乳とヨーグルトを乗せたお盆を持ってノックもせずに猛の部屋に入った。案の定寝ているし、起きる気配もない。お盆をテーブルに置き、勢いをつけて布団を剥ぎ取った。猛は少し起きたらしく、眉間にシワを寄せて体を丸めた。
「はいはい起きてー!」
「ん〜…」
「起きる!」
「やだ〜…」
「甘えないの!」
カーテンを開けて日差しを入れると、朝日に猛はまた唸った。本当に昔と変わらない、遅刻しかける彼をどれだけ苦労して起こしたことか。
「まじ母ちゃん勘弁…」
「誰が母ちゃんだ!トーストにヨーグルトつけたから起きて!起きないなら顔洗ってくるか、それとも牛乳かけられたい?」
「あ〜も〜…」
不機嫌そうに、猛はそう呟くと体を起こして頭をかいた。眩しそうに私を見て、ため息をつくように呟く。
「ほんと母ちゃんかお前は…」
「母ちゃんじゃありません、ナマエちゃんです」
「30にもなってナマエちゃんはねーだろ」
「うるさい起きろ」
「こわ」
顔洗ってくるわ、と猛は部屋を出た。その間にシャツとネクタイとジャケットとズボンを用意し、ついでに部屋も少し片付ける。用意はできてるみたいでホッとした。すると猛が戻ってきて呆れたように私に声をかけた。
「何、お前まだいたの」
「帰ってきてまた寝られたら困るからね」
「しねーよ、んなこと」
「どうだか」
「10年前とは違うっつの」
その言葉に何だか切なくなった。違うのは当たり前だ、人は時間を負うごとに成長もするし退化もする。多分私は、10年前の思い出や事実を変わらない、そのままのものにしたいのだと思う。猛が帰ってきたことによってそれはままならなくなったけれど。美しい思い出は美しいままに、なんてますますおばさん臭いんじゃないんだろうか。気分が滅入る。
「どーした?」
「…何でもないよ」
「ふぅん」
「食べて早く用意してね、また非難されちゃうよ」
「へーへー」
「はい、でしょ」
「はいはい」
「はい、は一回」
「うるせー母ちゃんだ」
トーストを食べ始める猛の背中に軽く蹴りを入れると、猛は「てっ」と言って振り向いた。
「…パンツ見えるよ」
「変態!」
「今更嬉しくもねーよ」
「勝負下着だし」
「誰と何を勝負すんの」
「ETUの相手チームと勝負するの!」
「そりゃ心強い」
「…でしょ」
じゃあまた後で、と背中に声をかけると手を振るだけで猛は口に物を入れてるからか、何も言わなかった。うん、お行儀が良い。
20110317