しまった、もう真っ暗だ。
 と思ったときには既に8時を回っていた。有里ちゃんが急に用事ができてバタバタ帰ったのは6時になる前で、私もすぐ帰ろうと思っていたのについ集中してしまった。私が最後だろうか。まぁ猛が住んでるから最後というのも違うんだけど。背伸びをすると急に空腹を感じて、そういえば有里ちゃんが慌てて帰っちゃったけど、猛は夕飯を食べたのだろうかと心配になった。聞けば、夜な夜なETUや他のチームの過去の試合を見てるみたいだし、サッカーのことになると周りが見えなくなる人だからなぁ、と猛が住む部屋に向かった。
 案の定部屋からはテレビの音が聞こえる。コンコン、と軽くノックをするが返事は返ってこなかった。もう一度、今度はノックをしながら声をかける。

「猛ー?入るよー」
「ん、おー」

 なんだ、いるじゃないかとドアを開けばDVDやゴミや服が散らかった部屋で、猛はホワイトボードを持ちながらこっちも見ずにテレビに食いついていた。見る限り夕飯のゴミなどはない。

「ご飯食べてないの?」
「んー」
「いらないの?」
「んー」
「話聞いてないでしょ?」
「んー」
「この野郎」

 これでは食べたのか食べてないのかも分からない。足の踏み場をどうにか探して部屋に入り、猛の背後からテーブルに置かれているリモコンの電源ボタンを押してやった。

「あ!」
「集中するのも結構だけど、健康管理くらいはしなさい」
「あり?ナマエいたの?」
「…」
「って8時じゃん、早ぇー」
「ご飯食べたの?」
「食ってない」
「作ろうか」
「ん。あ、俺いまラーメンの気分」
「インスタントでいいんでしょ?」
「うん」

 生返事をしながら猛はピ、と再びテレビをつけた。応援や解説の声がまた部屋に響いて、猛の視線もテレビに戻る。相変わらずとんだフットボールバカだ、と呆れながらも笑ってしまった。

 ラーメンを二人分作って猛の部屋に行くと、さっきと一ミリも変わってない猛がいた。夕飯を食べる気があるのか、こいつは。猛の視界を遮るようにお盆を置くと、猛は「ちょっとー」と文句を言うからまたテレビを切ってやった。

「ご飯を食べるときはテレビをつけない」
「母ちゃんかお前は」
「じゃないとまたこぼしたりするでしょ」
「またって何よ」
「昔からそうだったし」
「昔からねぇ」

 いただきます、と二人して手を合わせて向かい合わせにラーメンを食べる。うん、美味しい。まぁインスタントだし。

「あ、材料あったからたまごサンド作ったよ。朝食べて」
「えー俺この間も食べたよ」
「作ってもらえるだけありがたいと思いなさい」
「その口調、ほんと変わんねーの。母ちゃんみてーな」
「年下のくせにね」

 「年下のくせに」とは10年前よく猛から言われたことだ。自分でも猛よりしっかりしていると自覚はしている。猛がいつまでたってもしっかりしないだけかもしれないが。
 私の言葉に猛はハッと笑って「変わんねー」とまた言った。

「そんなことないけどね」
「あ?」
「昔は猛がすぐ私の元に帰ってくるって思ってたもん。恥ずかしい話、夢見がちだったよ」
「…お前がねぇ」
「うん。今はさすがに三十路も越えたし現実を見てるけど」
「現実って?」
「王子様はいない、みたいな」
「まだ結婚してねぇの?」
「相手もいないわよ」
「そんな色気のねぇ体してっから。言っただろ、太らねえと男も寄りつかねぇって」
「寄りついたし、誰のせいで痩せたと思ってんの」

 そう言うと猛は怪訝そうな顔で私を見た。食べながらだからか、目つきが悪い。

「あ?」
「フロントだってETUの一員よ、あの時のETUの状態を知ってるし、話してはくれなかったけど猛がキツいのは知ってた。恋人がそんな状態で、心配しない彼女がいないわけないじゃない」
「あー…」
「なのに勝手に、しかもあっという間にいなくなっちゃって、向こうでは故障して、行方も分からなくなって……、あ」
「…」
「えっと…ごめん…」

 気づけば愚痴るように喋っていて、ラーメンを食べる箸を止めた。猛は気にしてるのかしてないのか、ラーメンを食べ続けるから表情が見えない。

「…猛」
「ん?」
「女は歳を取るほどネチネチ言うようになるんだよ」
「何が言いたいの」
「…あの時、すごい心配したよ」
「…うん、ごめん」
「…ごめん」
「…」
「…」

 そこからは無言だった。クラブハウスにはもちろん誰もいないし、ラーメンをすする音しかしなくて、やっぱりテレビはつけっぱなしでも良かったと思うくらいだ。そういうつもりじゃなかったのに、なんて女だ私は。嫌なおばさん。
 しばらくすると猛が食べ終わって箸を置いたから、まだ少し残っていたけど私も食べるのをやめて、お盆に空いた器二つを置いた。そのまま無言で立ち上がり、部屋を出ようとするとテレビがつくと同時に猛が「なー」と私に話しかける。

「何?」
「寄ってきた男、どんなやつだった?」
「え?」

 最初、何のことか分からなかったけれど、すぐ猛と別れた後に付き合っていた人のことだろうと気づいて、もつれそうになる舌で答える。

「や、さしくて、おとなしい人」
「合わねえはずだ」
「何それ」
「ラーメンありがとね」

 頬杖をついて再びテレビに食いつく猛の後ろ姿に、笑いたいような泣きたいような気持ちになった。年下のくせに、という割には、やっぱり彼は年上なのだ、適わない、嬉しい自分がいる。「どういたしまして」は言えなかった。早歩きで部屋を離れながら、頭では違う違う違う違う違う違う違うという言葉が走っていく。何が違うかなんてことも考えれなかったけれど、そう考えずにはいられなかった。


20110316
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