新しい監督に変わるとクラブは全体的に忙しくなる。
 広報部は特に大変だった。奴は選手時代からそうだったが、監督になれば必然的にメディアに対する発言は選手時代よりも遥かに責任があるものだということが分かっているのかいないのか。達海だからしょうがない、という空気は若干あるにしろ、広報としてはやはり困るものがある。スポーツ雑誌に送る、監督からのコメントを読みながら私はため息をついた。会見のときと同様、何ともやる気がないというか誠意が見えないというか。私たちは達海猛という人間を知っているから、実際はサッカーに熱い人間だということは知っているけれど、達海猛をそれほど知らない人間や未だに監督就任に反対しているサポーターからは非難がくるんじゃないかというような内容だった。
 ちょっと行ってくる、と隣で同じく達海新監督に振り回されながらもホームページを作る有里ちゃんに言い、私は大股で広報部を出た。グラウンドに行くと、遅い朝ご飯なのか彼はパンを食べながら練習を見ていた。

「達海監督」
「ん〜?」
「何ですか、このコメントは」
「何って、言われた通り意気込みを書いただけだけど」
「これのどこが意気込みなんですか、もうちょっと考えて書いてください」
「え〜めんどくさ〜」
「これも監督の仕事です」
「はいはい分かったよ」

 見るからにめんどくさそうな顔をして彼は私の持っていた用紙を受け取り、ぐしゃっとポケットに入れた。ああもう、あれは下書き用にするしかない、もう一枚書かせてやると思っていたら「ところで」と話しかけられる。

「何?その喋り方」
「はい?何って…」
「何で敬語なの」
「…10年前とは違うんです、今は監督とただの広報なんで」
「そんな気にするもんじゃなくね?歳も近ぇし、昔からの知り合いだし、ETUとしてはお前の方が先輩だし」

 元恋人とは言わないのか、と思った。細かいし、そんなの言ったら未練たらたらみたいだけど、遠慮や配慮を知らない彼があえてそれを言わなかったのが何だか不自然のように思える。

「…周りから不思議がられますよ」
「それが困んの?」
「達海監督は?」
「猛ね」
「…強引」
「知ってるくせに」
「まぁね」

 昔からそうだ。強引でわがままで、我が道を行く彼に何度振り回されたことか。それでも好きだったけど。その力すべてが私を救っていたし、私の力にもなったと思う。

「お前が敬語とか気持ち悪いんだよな〜」
「悪かったわね」
「監督!まだですかー!」
「おー、ごめん松ちゃん」

 松さんの叫びに答え、ゆるゆると猛は歩き始めた。その後ろ姿を10年前にも見たなぁと可笑しくなった。「あの達海が監督なんて嬉しいような戸惑うような感じだよ」と松さんは言っていたけど、確かに変な感じだった。昔なら猛の後ろ姿を見ながら愛しくてたまらない気持ちだったけど、今は何だろう、「ちゃんとやれるかな」と心配するような、ハラハラするような気持ちだ。

「…お母さんか」

 思わず虚しく一人ツッコミをしてグラウンドを後にした。やっぱり老けたのかなぁ、と鏡を取り出して見ると鏡越しに世良くんが見えた。若々しい。

「若いねぇ…」
「えっ?」


20110316
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