何か良かったことや良くなかったことがあると口々に感想を言うのが普通だと思う。普通だと思うけど、私はそれが出来ない。嬉しかったことがあると「嬉しい」、悲しかったことがあったら「悲しい」、そういう単純な感想しか言葉にできなかった。
ジーノが私に告白し、私がそれに頷いた時、彼は「こんなに素晴らしい瞬間はないね、ナマエ、僕の全てをあげたいくらい、今とても君が愛しいよ」と言ってくれた。私はそんな言葉が思いつくほど落ち着いちゃいなかったし、落ち着いていたとしてもジーノみたいに嬉しい感情を表現できなかったと思う。二重の意味で何だか感動した。
「ナマエ、これ」
急にジーノがポッと私の手のひらに落としたのは何もついていない鍵だった。冷たい感覚とその鍵の意味を考えると肩から首にかけてゾクッと何かが走り抜ける。咄嗟に彼を見上げればジーノはいつもの余裕綽々な顔で笑っていた。
「こ、これって」
「僕のマンションの鍵だよ、渡すのが遅くなっちゃったけどね」
「いいの?」
「ダメな理由がどこにあるの?ナマエは僕の恋人じゃないか」
「…」
「なんだか、浮かない顔をしてるね」
「えっ」
「嬉しくない?」
ジーノの顔は相変わらずで、傷ついてはないとは思うけれど目を合わせれなかった。手のひらにある、私の部屋の鍵より数倍綺麗に見えるジーノのマンションの鍵に引き寄せられるみたいに目を奪われた。
嬉しくない?と問われて、嬉しくないことがあるわけがない。嬉しい、とても嬉しい、嬉しいけれど何と言えばいいのか分からないのだ。私はジーノや他の人のようにこの嬉しさを上手く伝えることが出来ない。それが恥ずかしいような、情けないようなで、「嬉しい」なんて陳腐でありきたりなことを言うくらいなら何も言わない方がいい気がした。でも何かを言わずにはいられない、とことん私は不器用だと思う。
「…嬉しい、よ」
鍵を見つめながらそう呟くと、視界に入っているジーノの腕が動いた。その腕は流れるように私の手を取り、そのままジーノの口元に持っていかれる。私はそれをポカンと眺め、手の甲に感じたジーノの唇に顔が熱くなった。
「その言葉が一番嬉しいよ」
手の甲から注がれたみたいな愛に、体中にまた何かが走った。なんて嬉しい言葉だろう、とジーノの唇を涙目で見る。その唇から彼は愛を生み出すのだ、とても綺麗だ。やっぱり言葉が出なくて、ジーノに出来るだけ愛を込めてキスをすると彼は笑い、静かに私の唇にキスをしてくれた。この満たされる感じ、ジーノの愛は無限大だ。
20110114