幸村くんと喧嘩をした。といっても珍しく幸村くんがイライラしてて、八つ当たりされて、口論になっただけだけである。それでも幸村くんと喧嘩をしたのは初めてで、幸村くんが私に心を許したのだと思うと嬉しいけれど、びっくりして、動揺して、私はその場から逃げ出してしまった。
一人になるのが嫌でお母さんが夕飯を作っている音や気配が分かるリビングにいると、心を刺すようにインターフォンがなった。まさか、と思いながらモニターを見ると案の定幸村くんでそれを見たお母さんは「あら幸村くんじゃない」と嬉しそうに呟く。
「い、いないって言って!」
「え?」
「おねがい!」
すぐそこに幸村くんがいるんだと思うといてもたってもいられなくて、できるだけ離れたくて音を立てないように二階にあがって部屋に入り、幸村くんに聞こえるわけがないのに音を立てないように立てないようにとこっそり移動する。
下で誰かが喋っている気配がして耳を塞いだ。なのにドアを閉める音も分かってしまって、こっそりカーテンの隙間から下を覗く。幸村くんがちょうど帰るところで、思わず息を潜めた。
ごめん、ごめん幸村くん、こんなことになるなら嘘なんかつくんじゃなかった、幸村くんへの罪悪感もあるけれどそれ以上に後ろめたさが大きかった。情けない声を出すのを我慢し、幸村くんの後ろ姿をジッと見ているとふと幸村くんが振り向いて私の方を見た。
「!」
咄嗟に隠れたけど、カーテンがかなり揺れているのを見て「しまった」と思った。心臓が音を立てている、やばい、どうしよう、どうしたらいいのだろうか、私の選択は全て間違ったような気がする、ごめんなさいごめんなさい、幸村くんごめんなさい、と泣きそうになっていると携帯が鳴りだした。あの曲は幸村くんからのメールだ、誰から怒られるわけでも咎められるわけでもないのに音を立てずにゆっくり操作をしてメールを確認する。
ごめん、ナマエ。でも居留守はちょっと傷ついちゃったよ
居 留 守 。
なんて後ろめたい言葉だろう、たった三文字が私の心臓を揺らすように刺して、言いようもない不安が私を襲う。メールなんかダメだ、電話、電話をしなきゃ。
「ごめんなさい幸村くん!」
『いや、俺もごめんね』
「い、居留守なんかしちゃって本当にごめん」
『ナマエは居留守なんかできる勇気ないと思ってたよ』
と幸村くんがからかうように笑う。そんな私のことをよく知ってる幸村くんについドキッとしてしまった、居留守のときのドキドキとは明らかに違う、このドキドキは気持ちがいい。
20110226