銀ちゃんの机の上を片付けていたら、無造作に置かれていた名刺がバラバラと落ちてしまった。あーあ、こんなところに置くから。商売道具だろうに、としゃがんで名刺をかき集める。「万事屋銀ちゃん」の横に少し大きく書かれた銀ちゃんの名前にハタと手が止まった。「坂田銀時」。

「…」
「何してんのお前」

 しゃがんで名刺を見つめる私にいちご牛乳を片手に持った銀ちゃんが頭上から声をかけた。見上げて、相変わらずやる気のなさそうな顔に一言。

「銀時」
「あ?」

 いつも銀ちゃんと呼んでるからか、彼は少し怪訝そうな顔をした。すると私が名刺を拾っているのが分かったのか、あーあ、という顔をして銀ちゃんもしゃがんだ。アンタがきちんと管理しないからこうなったんでしょうが。いちご牛乳を横に置いて名刺を拾うのを手伝ってくれたからぽつりと呟く。

「銀ちゃんって銀時なんだよね」
「それが何よ」
「銀ちゃんは銀ちゃんって感じ。銀時ってかっこよくて好きだけど」
「俺もお前の名前好きだけどね」
「よく言うよ、おいとかお前って呼ぶ方が多いくせに」
「怒んなって」

 そう言いながら目すら合わせないんだから、ほんと、この男は。熟年夫婦かっていう感じだ。
 名刺がフローリングに引っ付いてなかなか取れなくてイライラする。そのイライラに任せて、名刺を引っかくようにしながらため息と嫌みを吐き出した。

「私の名前すら覚えてないんじゃないの」
「何怒ってんのナマエちゃん」
「…」
「ナマエ」

 ふと顔を上げて銀ちゃんを見ればニヤリと笑っている。こういうときだけだ、本当に狡いというか狡賢いというか、いっそ憎たらしい。そんな名前の呼ばれ方をして私が照れないわけがないのを知っているのだ、ニヤニヤした銀ちゃんは「ナマエ」ともう一度私を呼んだ。低くて響くような声が好きで、そんな声に呼ばれることが幸せに感じるくらいやっぱり私はこの男が好きならしい。

「…悔しいけどナマエって名前で良かった」
「ほんと可愛いよ、お前は」

 またお前って、と言おうとしたら銀ちゃんが名刺を引っかきながら取ろうとする私の手を掴んで、名刺と一緒にぎゅっと握った。あーあ、名刺が一枚無駄になっちゃったよ、と思いながら唇を重ねた。いつも以上にドキドキするのは何でだろう、ほんと狡賢いよ、アンタは。


20110224
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