私は病気かもしれません、幻聴が聞こえるのです。彼が仕事で部屋を出て行ったというのに、まだ彼が洗面所で身だしなみを整えているような音が聞こえたり、お風呂に入ってるような聞こえたり、冷蔵庫を開けるような音が聞こえたりするのです。つまり彼が好きすぎて仕事でも一時的でもいなくなるのが寂しいのだと思います。恋の病です。結婚してからも恋だの何だのバカみたいだけど。

「バカだろ」

 不機嫌そうな顔だなぁ、と良則くんの言葉も気にせず笑ってしまった。良則くんはそんな私が気に食わないのか更に眉間の皺が深くなる。

「だってほんとだもん」
「ほんとだもんじゃねぇよ、ガキじゃあるまいし」
「それくらい良則くんが好きなの」
「うぜぇ」
「…重い?」

 そう聞いたら良則くんが持って行くはずのバッグが肩からするりと滑って玄関にドサッと落ちた。その重さが良則くんの仕事への大切さを物語ってるみたいで、こうやって玄関で駄々こねるみたいなことをしてる自分が恥ずかしく思えた。追い討ちかのように良則くんはため息をつくからその重さに思わず視線が下に落ちる。
 何を言われるのか、傷つくことを言われたらすぐに意識を遠ざけれるようにと耳に神経を集中させていたら、ぶわっと良則くんの体温が私を包んで、ぐっと体温とか気持ちとか愛とか全部を固めるみたいに抱き締められた。私が洗ったジャージから洗剤と良則くんの匂いがして、離れたくない離したくないと手が勝手に良則くんのジャージを掴む。離れるのが無理なんじゃないかと思うくらい気持ち良くて、安心して、愛しかった。

「早めに帰ってくる」
「…重くてごめんなさい」
「今更だろ」
「めんどくさいでしょ」
「こっちは知っててプロポーズしてんだよ」
「でも、良則くん」
「あ?」
「これ以上ぎゅってしたら離れられないよ」
「あー…」
「困るよね、今から練習なのに」
「…まぁな」
「はは、良則くん正直者だなぁ。冷たいんだから」
「知ってただろ」
「知ってた、好き」

 そう言ったら良則くんは黙って私を抱き直した。もっと強く抱き締められて、バカだなぁ、良則くん、こんなに抱き締められたら離れられないって言ってるのに。
 泣きたくなって、涙を押さえるみたいに呼吸をしたら頭の中に良則くんの心音が優しく流れ込んできた。よくドクンドクンなんて表記するけどそんなんじゃなくて、その音が聞こえるたびに息が詰まりそうになる。

「…俺も」

 あ、ずるい、そんな小さくそんな言葉を言われたら驚かないわけない、その拍子にするりと逃げられて良則くんは顔も見せないまま玄関から出て行った。ちょっとだけ足音がして、すぐに部屋はシーンとなった。夢心地みたいなまま玄関の鍵をしめてボーっとしながらリビングに戻る。
 シーンとした部屋でぼんやりと良則くんの心音が頭の中で蘇った。あぁ、好き、心音でさえ好きだなぁ、「…俺も」…良則くんのバカ、もう心音とあの言葉しか部屋に響かない、息が詰まりそうなくらい。


20110223
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