コンタクトを頼っている私にとって、花粉の季節はとても辛いものである。コンタクトと目玉の間がゴロゴロしてこすってもこすっても痒みは治まらず、コンタクトを取って目玉を掻いてしまいたくなる衝動に駆られるのだ。しかしそういう訳にもいかず、私は大人しくコンタクトを外して眼鏡をかける。赤のフレームの眼鏡は似合うと言われるが、眼鏡は頭が痛くなるしあまり好きではない。
 部誌を書き終わり、頭がじんじん痛むのに気づいて眼鏡を外した。こめかみを押さえると同時に部室のドアが開く。

「まだおったんか」
「忍足〜お疲れ」
「お疲れさん。着替えるけど、ええか?」
「あ、うん。あれ、跡部は?帰ったっけ?」
「いや…まだ外やろ」
「…」

 何となく忍足の声色が変わった気がして、頭痛を忘れた。何かあったみたいだ。一介のマネージャーである私に彼らの部活に対する本当の気持ちは理解できないだろうし、彼らもわざわざ私に話したりはしなかった。
 アレでいて跡部は繊細だ。繊細というか、人のことを考えすぎる。部長だからだとか、そんな風に考えているのかもしれない。全て完璧にするなんて無理だし、彼もそんなことは分かってるはずなのにとことん努力家である。

「やっぱり、出るよ。パソコンしすぎで疲れちゃったし、肩とか」
「おん、お疲れさん」

 忍足の声色はいつも通りに戻っていた。裸眼だから表情はよく分からない。私の思い過ごしだったらいいけど、何となく何かあった気がする。部活を通して私が得た物は存外大きいらしい。
 部室をでると、外はもう真っ暗で裸眼でぼやけた視界が少し怖かった。誰かが歩いてくる気配がして目を凝らすとジャージを着ていて、背の高さや歩き方から多分跡部だと思った。

「…跡部?」
「何で疑問系なんだよ」
「いや、コンタクトも眼鏡もしてなくて。花粉症は辛い、今は跡部の表情もわかんないよ」
「…そうか」
「何かあったの?」
「アーン?」

 跡部は「何の話だよ」と言ったけれど、やっぱり私が部活を通して得た物は大きいらしい、跡部から切ないオーラがでていて苦しかった。彼のそばにいて切ないなんて、少し可笑しい。跡部は気づいてないだろうけど、私は本当に本当に跡部が好きなんだよ。体の全てを使って、それこそ髪の毛一本一本がアンテナみたいに跡部を探ろうとするもんだから困りものだ、恋する乙女は髪の毛も手を抜けない。
 まだ付き合う前、岳人や亮と衝突が多くてよく喧嘩をしては彼らは気まずくなった。何だかその時に似ている匂いがした。私は何でみんなが喧嘩をしたか分からなくて、この変な匂いや空気の意味が分からなかったけど今なら分かる、あれは誰かの悲しみのオーラだったんだろう。今なんかほとんど視覚がない分、ひしひしとそれを感じる。
 跡部を見上げると、私は思わず苦笑してしまった。それを見て跡部は不満そうに言う。

「何だよ」
「泣いてるみたいな顔」
「見えねぇんだろ」
「けど、なんか分かっちゃうもん」
「…どんな感じだ?」
「何が?」
「今の俺」
「…」

 もう声色が隠そうとしていないところが可愛かった。悲しみのオーラが出てる、なんて馬鹿みたいなフレーズだし、言ったら可哀想だろうか。

「泣いてる感じ」
「…泣いてねぇよ」
「泣いてる泣いてる、ほら、私の胸でお泣きなさい」
「泣いてねぇっつってんだろうが」
「ぎゃあ!」

 跡部は私の胸に飛び込むどころか、いきなりがばっと強い力で私を苛めるみたいに抱きしめた。色気がねぇ、と笑う声が耳元で聞こえて笑った。
 でもこれで跡部の悩みが解決するわけじゃないんだよなぁ、私を薬で言えば安い鼻炎薬で、またすぐ跡部から悲しみが溢れ出すに違いない。そんなとき、私ってば何ができるんだろ、跡部、跡部、跡部が幸せなら私は幸せなんですよー。あ、なんか鼻水出てきた。ずびっ。

「…お前、泣いてんのか」
「いや、花粉症」
「ムードもねぇな」
「ティッシュもないから部室戻っていい?」
「くそ、和む」
「ぶは、跡部そうとう私のこと好きだね」
「それくらい自覚しろバカ」
「バカって」

 幸せだなぁ、跡部も幸せだったらいいなぁ。


20110212
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