※61巻より


「新世界にはまだ入らない。だから十分に船を降りる準備をしろ」

 朝一、そう言ったキャプテンに私は無意識に「はっ!?」と叫んだ。キャプテンはその叫びが聞こえなかったかのように朝食に出されたパンを食べた。周りも朝食を取っていてざわざわとうるさいから私の叫びはさほど広がらなかったけれど、目の前にいるんだからキャプテンには聞こえていたはずだ。私はムカッときて強めに言った。

「何で私が降りなきゃならないんですか」
「キャプテン命令だ」
「嫌です」
「聞き分けの悪いクルーを乗せた覚えはないぞ」
「嫌です」
「聞き分けの悪い女を選んだ覚えもない」
「…」

 女、なんて普段私をあまり恋人扱いしないくせにこういうときだけそういうことを言う。ずるいけど、私に効果的なのは確かだった。
 新世界は酷いところだと聞いている。けれど、私はキャプテンがいないと生きていけないと思うのだ。今更生まれ育った故郷に帰されても、平和で安全な場所に置かれても、私はキャプテンがいないと生きる価値を見失う。毎日毎日キャプテンの安否も分からない生活をするなんて考えるだけでも嫌だった。

「…私が邪魔ですか」
「いろいろと不都合は出るだろうな」
「俺が守るとか言ってくれないんですか」
「お前の男である前に、俺はこの船の船長だ」
「私がいなくても平気なんですか」
「それは実際いなくならねぇと分からねぇ」
「…何で男ってこう意味不明なんですかね」
「嫌いじゃねぇくせに」
「はい、私はキャプテンがいないと生きていけません」
「…」

 咀嚼をするキャプテンはチラリと私を見てから、目を逸らしてため息をついた。

「後悔するのはお前だぞ」
「後悔しません、航海はしますけど」
「つまんねぇ」
「うっ…!」
「…後悔するだろ」
「何でそれをキャプテンが決めるんですか」
「分かりきったことだ」
「分かりませんよ!」
「叫ぶな」
「…聞き分けのない女は嫌いなんですか」

 またため息、キャプテンの食べかけのパンがお皿に戻され、私はいつの間にかテーブルに置いた手に力が入っていた。
 キャプテンはめんどくさそうに、鬱陶しそうに、ため息をまた吐き出しながら呟いた。

「いや…嫌いじゃないんだろうな」

 覚悟はしろよ、とキャプテンはお皿も下げようともせずに立ち上がって歩き出す。遠くなるキャプテンの背中を見ながら、望むところだ、一生ついて行ってやる、と決意を固めてキャプテンの残したパンを口に放り込んでやった。美味しい。
 しばらくするとまたキャプテンが戻ってきた。空になった自分の皿を見ながら私に問う。

「…俺のパンは?」
「え、食べましたよ」
「てめぇ」
「だってもう食べないのかと思って。何してたんですか?」
「…」
「?」
「…なぁ」
「はい?」
「やっぱりお前といると楽しいらしい」
「えっ、何ですか急に!」

 キャプテンは私の問いには答えずに笑った。うわぁ、かっこいい、やっぱり私キャプテンが好きだなぁなんて思ってたらベポがやってきて私に耳打ちをする。

「キャプテン、ナマエが降りないことが嬉しかったんだよ」
「ベポ、代わりにお前が降りるか」
「ごめんなさい!」


20110212
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