あ、髪。
 体育が終わって着替えから戻って来た女子の中にいるナマエをいつも通りすぐに捉えて、すぐに目をそらした。厳しくなってきた日差しに付き合うように髪の毛を結んだ姿がどうしようもなく可愛くて、言いようもなくドキドキするのだった。

「お、女子戻って来たな」
「あー……あかん、あれ、めっちゃ可愛え」
「……あー…」

 俺の呟きと視線に謙也は誰のことを言っているかすぐ分かったらしく、ぼんやり呟いた。というか少し呆れていた。
 普段見慣れた髪型が少し変わっただけでどうしてこんなにも可愛いんやろか、いや、いつものも可愛えけど、なんちゅうか、あの髪の毛を触ってみたい。同じように髪を伸ばしている姉や妹なんかにはまったく思わへんのに、触りたいし、可愛い。

「いつもと違うと、なぁ」
「なぁ」
「白石もそんなん思うんやな」
「そらぁ」
「似合うって言ってきたらええやん」
「いや、なんや知らん子みたいで喋れへんわ多分」
「乙女かっ」
「乙女や、目ぇ合わせられへん」
「そんな台詞をそんなかっこええ顔で言われてもな…」

 自分ではそんな気もなかったのだが、謙也にそう言われて少しだけ笑った。俺ほんま真剣なんやって、謙也くん。
 あんまり凝視するわけにもいかず、周りの空気に従って次の授業の準備をしていたらナマエがタオルを首にかけたまま何かのプリントを持ってやってきた。
 わ、あかん、もしかして、あれ、保健委員の、

「蔵、これ委員会のやつ」

 私先生のパシりやねん、と笑うナマエは無意識のように結んだ髪の毛を撫でた。ざわっと何かが心臓で騒ぎ始めて、言葉も見つからず「おー」と冷静を装ってプリントを受け取る。
 ちらりと謙也を見れば空気を読んでますと言うように知らんぷりだった。いや謙也くん助けて。

「男子体育なんやったん?」
「あー、サッカーや」
「女子は中でバスケやってん、ごっつ盛り上がってもうて汗ひどいわぁ」
「髪、結んどるしな」

 返す言葉が見つからなくて謙也にさっき言われたことを思い出してそう言うと、ナマエは「あー」と笑いながら髪の毛をまた撫でた。少し汗で濡れた毛先がどこか色っぽいことに気付いて慌てて邪念を振り払う。

「ほんま暑くて。どや?可愛えやろ?」
「おー、可愛えで」
「わ、適当や」
「適当ちゃうって」
「まぁ信じたるわ。ほな、プリント委員会までに読んどってな」
「おん、ありがとうな」

 ひらひらとナマエは手を振ると、また髪の毛を撫でながら背を向けた。白いうなじに集めきれなかった髪の毛が少しかかっている。ナマエが少し前の席に座ってそれがよく見えたからジッと見た。かわええ。
 授業中もジッと見た。授業はきちんと受けたけど、黒板を見てノートを書いて顔を上げては見た。ナマエがたまに俺の視線に気付いたみたいにうなじを触ったりするからドキドキして、誰にも気付かれないように息をついて、ナマエの上履きの裏を見たりした。上機嫌で落ち着きのない足先、少し汚れた上履きの裏、少し長さの違う靴下、あーかわええ。
 あーあかん、もーあかん、かわええ、めっちゃかわええ、あ、隣の男子となんか話しとる、笑とる、こら、おい、それ一応俺の彼女や、これでも、まだキスもしてへんけど、まだ一週間やけど、俺の彼女やねん、あーあかん、手とかめっちゃ繋ぎたい、今日一緒に帰れへんかな、あー、めっちゃ好き。


20120518
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