幸村くんはちょっと意地悪だ。いや、少し語弊はある、幸村くんは優しい。けれど何が意地悪かって、私にはほっぺたをぎゅっとつねったり「変な顔」とぎゅっとほっぺを掴んだりするくせに、他の女の子にはすごく優しくて、この間なんか私の前で「可愛いね」なんて言ったりもした。
 そんな幸村くんにモヤっとしたり、可愛くない自分が情けなくなってむずむずするけど、そうやって下を向いてると幸村くんは私の手をぎゅっと握って「ナマエ」なんて私を呼んで、上を向かせて、綺麗なお花を見せてくれたり教えてくれたりするのだった。意地悪。ずるい。

「幸村くんは本当に意地悪」
「俺が持ってきたお菓子を食べながらそう言われてもなぁ」

 しかもついてるよ、と幸村くんは笑って私の口元を拭った。今更ながらこれは餌付けかもしれない、と思いながらも幸村くんが持ってきてくれたお菓子は美味しくて咀嚼が止まらない。高級そうなパッケージの洋菓子だったけれど「誰も食べないから」と私のために持ってきてくれたというのがまたずるい。

「で、誰が意地悪って?」

 あ、しまった。
 幸村くんは私の口元を拭った手でそのまま軽く私の頬をぎゅっと掴んだ。そこまで痛くないけど、このまま思い切り力を入れられたらそれはもう痛いに違いない。されたことないけど。いつも、これで私を少しいじめるだけだけど。

「…何でもないです」
「まぁ俺が意地悪するのはナマエだけなんだけどね」
「…自覚あるんじゃないですか」
「もし俺がナマエ以外をいじめたらどうする?嫌じゃない?」
「…嫌ですけど」
「ね」

 にっこり笑って幸村くんがそう言うから、なんか、もう、いいや、とがぶりとお菓子にかぶりついた。
 結局私は幸村くんがどうしても好きで、幸村くんが意地悪するのは私だけで、それは幸村くんが私のことを好きだからで、それは嬉しいことで、実際嬉しくて、それは私が幸村くんを好きだからで、考えると、なんか、もう、いいよ、そうだよ、好きだよ、大好きだよ、幸村くん大好き。

「ナマエ」

 幸村くんが私を呼ぶから幸村くんを見ると、手を少し強引にとられてぎゅっと握られた。今ここで真田くんが来たら大目玉だなぁ、なんて思いながらぎゅっと握り返すと幸村くんは少し視線を落とした。そして少し笑うと、心の中で呟くみたいに、当たり前みたいに、小さく呟く。

「好きだなぁ、幸せだなぁ」

 別に、私を骨抜きにしようなんて思ってないのだこの人は。だってもう私は骨抜きだし、こんなことを言うより意地悪した方が私の心を独占できるなんて考えるような人だと私は知っている。
 幸村くんはこうやってたまに、ゆっくりゆっくり、体中に染みわたらせるみたいに幸せを噛みしめるのだ。声に出さずにはいられないみたい。そんな幸村くんに、私が泣きたくなるくらい好きだなぁって思ってるのなんか幸村くんは知らない。変なところで鈍感で少し不器用なんだよ、絶対教えてあげないけどね、そんな私も意地悪かなぁ。
 目が合ったら幸村くんはクスッと笑った。周りの女の子がきゃあっと声を上げる笑顔だ、そんな笑顔を私は独り占めにしてる、そんな笑顔が私だけ向けられてる、好きだなぁ、幸せだなぁ。

「変な顔」

 …やっぱり一番意地悪なのは幸村くんだ。


20120404
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