漫画みたいな話だけど、中学一年生の時、岳人は木に登って降りられなくなった猫を助けたことがある。もちろんあの跳躍力をもってして、だ。その猫を見つけて、私や亮やジローが「どうしよう」なんて言う前に、言う暇もなく、岳人はもうジャンプをしていた。そしてあっという間に猫を捕まえて着地したのだ。
 軽やかに着地した岳人は「ん」と私に猫を手渡すと頭や服についた木の葉を払う。手渡された時に岳人の手が大きいことに気付いて、その時以来、私は、岳人が跳ぶと心臓が跳ね上がるのだった。

「おーいナマエー」

 ごんごん、という音にビクッとしてリビングの窓を見ると、岳人がいた。右手に大きな袋を持って左手でガラスを叩く岳人に眉をひそめてこたつから出て窓に向かい、鍵を開けてやる。

「玄関から入ってよ」
「いるか分かんなかったし。おばちゃんは?」
「ジローんとこ」
「ふーん」
「何?」
「これ。みかん」

 そう言って岳人が大きな袋を差し出すから受け取ると、意外に重くて「おっもい!」と叫んでしまった。「激ダサだな」と亮のマネをしてからかう岳人はそれをひょいっと取り返して「ここ置いとくぞ」とそれを台所まで運ぶ。
 あんなの、よく軽々持てるなぁ、と大きくはない背中を見ながらため息をつきそうになった。好きでドキッとしてるだけなのに、何でため息をつきそうになるんだろう。不思議だ。

「よいしょっと」
「…何でこたつ入るの」
「暇だし」

 岳人はそう言うと携帯を出してカチカチとメールをし始めた。こいつは気付くといつもメールをしている。まぁいいんだけど、と岳人の向かいに座ると岳人が「日曜な」と話しかけてきたから「うん」とカレンダーを見ながら返した。

「亮たちと遊び行くから」
「ふーん」
「お前もだって」
「いやいや、勝手に決めないでよ」
「決まったから。亮たちのクラスの女子も来るってよ」
「知ってる子ならいいけどさー」
「ま、どうにかなるだろ」
「…」

 昔からこうだ、岳人は勝手で我儘でセッカチで強引だ。腹立つ。何か言ってやろうと口を開くと、それより先に岳人が「お」と声を出したからやめた。

「久しぶりだな」

 そう言って抱きあげたのは茶色の毛並みをした猫、あの時岳人が助けた猫である。

「お前に似てデブってきたな」
「デブってない」
「こんなデブに告るやつがいるから不思議だよな」
「え、何で知ってるの。言ってないよね?」
「さっきメールで」
「いや、まぁ…。…断ったけど…」
「何で」
「…好きな人がいるから」

 こたつの上に放置されていたふきんをたたみながらそう呟くと、岳人は黙って膝の上に乗せた猫を撫でた。こたつの上に置かれた岳人の携帯がブブブと震えるけど岳人は反応しなくて、ちらりと見たら目が合って、さり気なくそらされる。そして、ぽつりと呟いた。

「それって俺だろ」

 え。
 隠す暇もなく顔が赤くなって、誤魔化す暇もなく岳人が私を見た。にやりと笑い、猫の両手を持って立たせるようにして遊びながら「分かりやすすぎ」と言う。そして猫に話しかけるように言うのだ。

「っつかお前を助けたのも、お前の飼い主が猫好きだからだしな」

 開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。
 そんな私もお構いなしに、岳人は携帯を掴んでメールを確認するなり「げ、お袋」と苦い顔をして携帯をポケットに押し込んだ。猫を抱いたままこたつから出て、呆然と岳人を見つめる私に猫を手渡す。あ、手、大きい。

「じゃーな」
「え、あの、岳人」
「何だよ」
「いや、えっと」
「…後でメールする」
「え」
「じゃーな、デブ」

 余計なひと言を付け加えて言うと、岳人は靴をはいて走って行った。猫が私の腕の中で離せとでも言うように動くから床に放して、深呼吸。何分たったか分からないけれど、岳人からメールが来た。

「好きだ」

 三文字くらい言って帰ればいいのに!
 涙目になって歪んだしまった携帯の画面を見ながら猫をぎゅーっと抱きしめた。そういえば、私が猫が好きで、いつも「猫いるぜ!」って言ってくれるのは岳人だったし、私が困った時にすぐ行動してくれるのは岳人だった。まぁ、早とちりやセッカチが手伝った部分もあったけど、でも、あの時、岳人は私のために跳んでくれたのだ。そう思うと心臓が跳ね上がって、弾んで、やっぱりため息が出そうになった。不思議だなぁ、好きで幸せで仕方ないのになぁ。


20120404
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