目を覚ましてすぐ感じた下半身の痛みに、昨日のことを思い出した。そっか、ここは、笹塚さんの家だ、と素肌にかけられた笹塚さんのシャツをはおりながらぼんやり考える。洗剤の匂いがするシャツから、微かに笹塚さんの煙草の匂いがして笹塚さんに会いたくなった。今日は休みって言っていたし、ここは彼の家なんだからいるはずなのに姿が見えない。
ベッドから降りると、台所から物音がしたから台所に向かう。おっと、その前に洗面所で顔を洗って、口をすすいで、ふう、さっぱり。
台所に行くと笹塚さんは朝食を作ってくれているらしく、パンを焼いた香ばしい匂いにお腹が疼いた。コンロの前に立ってフライパンを置いた笹塚さんは私に気付くと、ちらりと見て「おはよう」と言った。
「おはようございます」
「ご飯、食べる?」
「はい」
「ちょっと待ってて」
そう言って笹塚さんは器用に片手で卵を割ると、熱したフライパンに入れる。相変わらず手際がいい。一人暮らしが長いから、というけどそれにしても高いスペックだなぁと思う。しかも煙草を吸いながら、だし。
「…」
暇だ。
ほとんど用意はできてるし、私は朝のニュースをBGMに笹塚さんの背中と漂う煙草の煙を見るくらいしかすることがない。もう少しなんだから待てばいいものの、あの、大きくて逞しい背中を見ると、どうにも、どうにも抱きつきたくて仕方がない。
「…何?」
こんな素っ気ない反応しか返ってこないけど。
「お気にせず」
「いや、結構邪魔なんだけど」
呆れながらそう言うけれど、笹塚さんは私を無理やりはがしたりはしなかった。
いつもだるっとしてるくせに意外と逞しい腰、好き。煙草の匂いに微かな洗剤の匂い、好き。私を起こさないように起きて、二人分の朝食を作ってくれる、好き。笹塚さん、笹塚さん。
「ナマエ」
「離れたくない」
「朝飯できないよ」
「でも、離れたくないもん」
そう言うと、笹塚さんは少しため息をついて私の頭をわしゃわしゃと撫でた。顔を上げると、笹塚さんは煙草を流しに捨てて、私の前髪をくしゃっと撫でてそのままキスをした。
苦くてうっとする煙草の味が笹塚さんの唾液に溶けてぬるくて気持ちいい、と感じてしまう自分がいやらしく思えて朝からドキドキして仕方がない。いつの間にこんな考えをするようになったんだろう、とぎゅっと笹塚さんのシャツを握ると笹塚さんの唇が離れて、名残惜しくてつい「あ」と呟きがもれる。
そんな私の前髪をまたぐしゃっと乱して、そのままキスで緩んだ腕の力のせいで笹塚さんの腰から手を離してしまった。そして、くそう、と思う間もなく笹塚さんの言葉が降ってくる。
「かわいい」
えっ。
乱れた前髪を直す右手が止まり、左手で反射的に笹塚さんのシャツを掴んだら笹塚さんは振り向きもせずに「また後でね」と言った。
もう今すぐこのシャツを脱ぎ捨てて笹塚さんの大きくて骨ばった手を引っ張ってベッドに向かいたい、と思ったけど、漂ってきた卵を焼く香りに阻まれた。
分かりました、まずは腹ごしらえですね。そして喉の渇きを潤すかのごとく愛し合いましょう。
20120317