銀ちゃんがなかなか帰って来なくて心配していたらベロンベロンに酔っ払って帰ってきた。

「…どこで何してたの?」
「長谷川さんと吉原でちょっとな〜お前もあれくらい色気があったら良かったのによぉ」

 いつもなら呆れて怒る気にもなれないけど、その日はいろんなものが積もり積もって銀ちゃんの何も考えていない顔を見るとイライラしてイライラしてそれはもうたまらなくて「この、バカ!」と思いきりビンタをしてしまった。
 思ったよりビンタした手のひらが痛くて、それに動揺しながら勢いで銀ちゃんに背を向けて和室の布団に向かおうとすると、銀ちゃんは酔いも覚めたのか「っにすんだバカヤロー!おい、ナマエ!てめえコラ!」と私の背中に叫んできた。「うっさい、バカ!しね!」と語彙力のない返しをしてやって和室の襖を思いきり閉めて、布団にダイブする。行き場のないイライラとモヤモヤに体が爆発しそうだったから体を丸め、何が何だか分からない涙を流しながらいつの間にか寝てしまった。

 そして今に至る。
 襖の向こうからは焼き魚と白飯と味噌汁の良い匂いが漂ってきて、今日の当番は銀ちゃんだということを思い出した。絶対美味しいだろう。
 隣に布団が敷かれていないところを見ると銀ちゃんはソファーで眠ったみたいだ。あんなにへべれけだったのによく起きたなぁ、と感心しつつも私の体は布団から離れようとしない。
 寝て起きてしまえば昨日の怒りなんか綺麗さっぱりなくなって、むしろ思い出すと情けなくて申し訳ないくらいである。あのビンタ、痛かっただろうなぁともう痛みも残ってない手のひらを握りしめ、意を決して布団から立ち上がった。
 大きく息を吐いて小さく「おしっ」と気合を入れて襖を開けると、ちょうど銀ちゃんが私に背を向けるように焼き魚を乗せたお皿をテーブルに置いていた。襖の音と私の気配に気づいた銀ちゃんは振り返らない。振り返らないけど軽くこっちに首を傾けて小さく言う。

「おはよーさん」

 別に、何てことのないいつもの挨拶だ。いつもの挨拶だけど昨日の喧嘩(少し一方的だけど)をなかったことにしてくれてるようで急に銀ちゃんが愛しくなった。
 そんな気持ちを隠すように「おはよう」と返せば、銀ちゃんは振り返る。ふと目に入った左頬が少し痛々しく赤く染まっていて、つい笑ってしまったら銀ちゃんも恥ずかしそうに笑った。

「どうしたの痛そうだね、その左頬」
「可愛い彼女にやられてな。今度からは飲みに行くときは連絡するわ、決めたわ、彼女に言っといて」
「伝えとくよ」

 銀ちゃんのご飯はやっぱり美味しかった。二人でのんびり和やかに食べて、いつもの朝に心からホッとして幸せに感じる。
 「おはよう」って言うだけ。


20120227
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -