あぁ、またか。
 手に持っていたじゃがいもを元に戻して、辺りを見渡す。久しぶりに私の手料理が食べたいというからこうしてスーパーに来たというのに隣にいたはずの達雄が消えてしまった。こういうことはよくあることで、スーパーだろうがデパートだろうが商店街だろうが達雄はいつの間にかいなくなる。マイペースにはもう慣れたからあまり気にしないが、ふと気づいて近くにいないというのは何とも空しくなってしまうものだった。
 探してもまた消えるだろうし、と私は買い物を続けた。一回置いたじゃがいもだけど、やっぱり購入することにしてカゴに入れる。今度は肉を探しに移動すれば、精肉コーナーの向かいの棚の陰から達雄が出てきた。私を見ると、へらへら笑いながら「いたいた」と言う。

「いたいたって、達雄が勝手にどっか行ったんでしょ」
「なぁ見てこれ、美味そう」

 私の言葉も無視して達雄は手に持っていたおつまみセットを見せた。何が彼の好みに触れたのか全く分からなかったが「買う?」とカゴを差し出せば「うん」とカゴにそれを入れて、ついでに私の手からカゴを奪った。こういうことを当たり前のようにしてしまうのだからずるいのである。

「…それ持っていなくならないでね。すぐいなくなるんだから」
「あ、そうだナマエ」
「何?」
「結婚しない?」

 は?という言葉も出なかった。達雄の突拍子のない言葉なんて慣れていたつもりだけど、今回ばかりは違った。そんな「帰りにアイスでも買いに行かない?」みたいな口調で言う言葉だろうか。

「いや、待って、え、あの、達雄、いや」
「え、嫌?」
「いやいや、そうじゃなくて!」
「なんだ、良かった」

 達雄はそう言うと精肉コーナーに並んである鶏肉を物色し始めた。「あ、焼き肉もいいなぁ」なんて少しおかしなこと、もとい、普段通りな発言をする。
 え?何?今ので終わり?え?私ちゃんと返事した?してないよね?したのかな?いや、っていうか何でいきなりプロポーズとか、ん?
 数秒もやもや考えたが達雄のことだから自分で考えてもきっと見当もつかないだろう。私は達雄の横に行き、腕を掴んで「ねぇ」と言った。

「何?」
「何で?どうしたの?今の何?」
「何って、プロポーズだけど」
「何で急に…」
「さっきそこに若い夫婦がいてさ、ほんと大学生みたいなんだけど子供もいて」

 そこ、と達雄は棚を指さした。一瞬そこを見て再び達雄を見れば、なぜか笑う。

「羨ましいじゃん?」

 そう言うと達雄はまた鶏肉を物色し始めた。いろいろ言いたいことはある。聞きたいことも話したいこともいろいろある。でもあまりにも達雄らしくて、なんというか感心した。と同時に好きだなぁと改めて思う。そうだね、羨ましいね、私たちもそういう夫婦になりたいね。
 達雄を見ていたら達雄は今度は豚肉に手を出しながら思い出したように呟く。

「指輪とかは来週、オフに行こうか」
「うん」
「あ、先に挨拶か。久しぶりだし緊張すんなー」
「うん」
「俺んちにも行かねぇと」
「うん」
「みんなにも言うかー」
「うん」
「あ、なんか楽しくなってきたな」
「うん」
「…泣きそう?」
「うん」

 口を開いたら拍子に涙が出そうで口を結んだまま答えた。達雄はくしゃっと笑って私の手を握る。その暖かさが体に入って、溢れて、胸が詰まって涙がついにこぼれた。「泣くなよー」と関心があるのかないのか分からない声で達雄が私の涙を拭く。何でか分からないけど、例えば商店街で達雄をはぐれても、もう平気な気がした。


20120127
十万打フリリク@ふじこさん
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