椿が「ナマエさんと結婚したいんです」と言いだした。もちろん酒の席だ。普通に考えて二十歳そこらで結婚だなんて少し急ぎすぎやしないか、と諫めるかもしれないが椿の彼女であるナマエは確か二十代後半で、椿は椿でこんな奴だからナマエみたいな姐さん女房がいた方がいいかもれないと思った。というか俺に言うより既婚者の堺やスギに言った方がいいんじゃね。

「どうしたらいいっすかね、丹さん…」
「…」

 とは言えこんな面白そうなことを跳ね除ける俺でもない。
 他の奴らに事情を話せば、フロントでいつも頑張ってくれるナマエにも幸せになってほしいし、といい返事が返ってきたので今日、椿はナマエにプロポーズをすることになった。

「えぇっ!無理!無理っすよ!!」

 することになったってまぁ俺が決めたんだけど。

「結婚してぇんだろ?」
「で、でもあれはお酒も入ってたし…!」
「じゃあ結婚したくねぇのか?」
「し、したいっすけど!」
「だろ?」

 そう言ったら椿は真っ赤な顔で「でででも俺…!」とあからさまに緊張し始めた。確かにこんなのじゃ一人でプロポーズができるはずもない。

「まぁ段取りは任せろ、とりあえずナマエに既婚者のスギが結婚の良さをアピールする。ナマエの歳だと結婚に悪いイメージは持ってねぇだろうし、気持ちも傾くだろ。で、監督が椿とどうすんの?と聞く。ナマエの性格だから上司に聞かれると正直に答えざるを得ないし、肯定的な答えが返ってきたらお前が花束持ってプロポーズ、ってわけだ。ちなみに花束は王子チョイスだから間違いはない。お前との結婚に否定的なら俺が考えたこのラブレターをだな」
「でででででも…!!」
「…」

 あ、こいつあんま話聞いてなかったな。
 椿ならしょうがねぇか、と呆れてため息をついた。そして椿ににやりと笑って言う。

「ま、もう今スギが行ってるんだけどな。この更衣室の前で話してるぜ」
「え!?」

 今度は青くなる椿に、思わず笑った。更衣室には他の奴らもいて、話を黙って聞いていたクロがついに限界だと言うように叫ぶ。

「男だろ!はっきりしやがれ!!」
「は、はい!」
「声がでかいっすよクロさんっ」

 慌ててキヨがクロを押さえた。俺もさすがに焦り、更衣室のドアに耳をはりつけてスギとナマエの会話を盗み聞く。朗らかに笑いあってるようで、見守るみんなに指で丸を作った。全員で胸を撫でおろす。

「気をつけろよなー、クロ」
「でもこいつがはっきりしねぇから…!」
「まぁそうだな。ここまで来たらもうプロポーズするしかねぇぞ?椿」
「そうだよ。犬のためにボクがここまでしてあげたんだから」
「お前は花束用意しただけだろ!」

 また声を大きくするクロにキヨが「クロさん!」と注意をする。椿はそんな外野の声も耳に入ってないらしく、目をぐるぐる回していた。大丈夫なのか、これ。
 一抹の不安を残しながらも扉越しに監督の「あ、ナマエ〜」といういつもの気の抜けた声がして、俺たちの間にも軽く緊張が走る。王子が「バッキー、これ」と花束を渡すと椿は更に「ええええ」と慌て出した。
 しかしもうここまで来たら椿がやることは一つしかない、いつもは騒がしい更衣室で全員が息をひそめて監督の声を聞き取ろうとする。

「あのさー」
「はい」
「……いや、なんかもうめんどくさいな」
「はい?」

 おい、待て、嫌な予感がする。

「ぶっちゃけて言うとさー、椿がお前にプロポーズしたいんだって」

 監督、あんたって人は。
 この話を持ちかけたときは「お、何それ面白そうじゃん」と結構ノリノリだったくせにいざとなるとめんどくさくなるタイプらしい。らしいというか薄々気づいてたが。あの人はどこまでもマイペースだということはここいる全員が知っている。

「もういい!行け椿!」

 椿だけでなく俺たちも混乱して扉の向こうの様子はよく分からなかったが、扉を開けて椿を押し出した。椿は「わぁ!」と情けない声を出しながら扉を飛び出す。
 椿を押し出してから扉を全開にすると、ナマエがさっきの監督の台詞と椿の出現と派手ででかい花束に「えっ、えっ?」と椿並みに目を白黒させていた。いつもは割としっかりしているが、こういうときは椿そっくりで外野としては少し面白い。こんな二人がくっついても大丈夫なのかという不安は少しあったが。
 「えっ、えっと…!」としどろもどろに言う椿を見てナマエは「椿くん…」と呟いた。その瞬間、腹を括ったのか椿が頭を下げて花束を差し出す。

「俺と、結婚してください!!」

 いつもながら見事な頭の下げっぷりだ。
 ナマエはその下げっぷりに一瞬驚いたが、すぐに顔を赤くした。そして見守る俺たちを見ながら「えっ、ちょっ、えっ」とまた慌てだす。そんなナマエに相変わらずマイペースな監督が「返事してあげなよー」と椿かわいそーに、とでも言うように言った。こんな感じになったのあんたのせいですけどね。
 監督の言葉にナマエは再び椿を見る。椿は頭を下げたままで、小さく笑ってナマエは花束を差し出す椿の手に自分の手を添えた。

「私で良ければ、喜んで」

 控えめに言ったその言葉に椿がばっと顔を上げる。真っ赤になっているかと思いきや、信じられないのか「えっ、本当に…!?」と言い、その表情がやたら面白くて笑ってしまった。ちなみにキヨも笑った。

「うん、嬉しいです」

 ナマエがそう言って笑うとやっぱり椿は真っ赤になった。やっぱり俺は笑ってしまい、不安そうに見守っていたスギや不満げだったクロにもそれは感染してみんな笑った。
 椿は「俺、頑張ります…!」と泣き出すから俺たちはまた笑い、ナマエが「もー泣かないの」と椿の頭を撫でる。さっきはくっついたら不安かもって思っちまったが、そうでもないらしい。王子じゃねぇけど俺たちがここまでしてやったんだから幸せになれよ、椿。おめでとさん。


20120125
十万打フリリク@りささん
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