せっかく頑張って整えた髪の毛が乱れるのも気にせずいつも豪快にわしゃわしゃと私の頭を撫でる柔兄が一度だけ、優しく頭を撫でてくれたことがある。私が聖十字学園で祓魔の勉強をするために京都を離れるときだった。都会に行くからとせっかく張り切ってセットした髪が、と身構えた私に降ってきたのはまるで泣き出しそうな柔兄の温かい手だった。実際柔兄は泣きそうだったわけじゃないけれど、そんな感じがして、柔らかく撫でる手と柔兄の「頑張るんやで」という声が新幹線に乗っても離れなかったのを覚えている。夜たまに、ベッドに入って思い出しては心臓がぎゅっと小さくなって苦しくて体を縮めて目を瞑って柔兄を思い出したものだ。
 あれから何年も経って、学校も卒業して祓魔師になった私は京都に戻って出張所で働いている。柔兄は変わらず私の頭をぐわんぐわん撫でるし、あの時の柔兄はあれ以来見ていない。

「ナマエ」

 呼ばれて振り向くと柔兄が何かが小さな紙袋を掲げてやってきた。「クッキーもろたんや」とにこやかに言うのを見て、きっと女の人からやろなぁと少し呆れる。あんな紙袋に入っているということは絶対手作りだし、そんな物を当たり前のように私にも分けようとするのだから同じ恋する女として同情した。ただ、相手は同じだから優越感はある。誰か分からんけどすんまへん。

「わ、チョコチップやん」
「良かったな」

 チョコを食べたいと思っていたので思わず声が大きくなると、柔兄は満足そうに私の頭を撫でた。妹にするみたい、いつも通りの力強さに眉間に皺が寄る。私だってもう成人したし、いつまでも子供扱いも進歩がなくていい気持ちはしない。いや撫でられること自体は嬉しいんやけど。

「柔兄、子供やないんやから」
「お菓子に目ぇキラキラさせて説得力ないわ」
「そこは女の子やし!甘いもの好きやし!」
「女の子、やったらまだ子供やな」

 ハッハッハッと笑いながら柔兄はまた私の頭をわしゃわしゃ撫でる。ああ、もう、この人はほんまに!その笑顔に何人ほだされたと思っとるんや!私もその一人や!

「背ぇは伸びたけどな」

 高校入ってからも少し伸びたやろ、と柔兄が言うからそうやったかなぁ、と思い返してみるけれどよく覚えていなかった。いつも気にしている体重なら思い出せるけど身長は特に覚えていない。

「よぉ分からん」
「俺は覚えてるで」
「そらしょっちゅう私の頭をいじめてはりますからなぁ」
「なんやその言い方は、そないな子に育てた覚えはないで」
「…」

 妹扱いというかこれではまるで娘扱いや。はぁ、とため息ついて呟く。

「柔兄は覚えてへんかもしれんけど」
「ん?」
「私が聖十字学園に入るときな」
「おぉ、なんや首席はん!」

 誇らしそうに笑いながら冗談めいた言う柔兄はやっぱり私の頭をぐらぐら撫でる。ぐらぐら撫でるって可笑しいけど、本当にそんな感じなのだ、押さえつけるようにぐらぐら撫でる。何も分かってない柔兄を無視して、もう呆れて聞こえんでもええわとボソッと呟いた。

「柔兄が頭撫でてくれたとき、愛感じたんやけど」

 そう言った瞬間、柔兄の大きな手が止まった。豪快に撫でられていたおかげで俯きがちだった私は柔兄を見上げる。目が合うと、柔兄が照れくさそうに笑ったから「なん、ですか」としか言えなかった。

「あん時はまだ家族愛やで」

 撫でるんじゃなく、柔兄は私の頭をぽんぽんと軽く優しく叩いた。あれ、変わったよな、今、何かが。
 柔兄の手が私の頭から離れていったから咄嗟に指先を掴む。柔兄が笑う。なぜか何も言いたくなくて、泣きそうになったから口を結んで変な顔になって、柔兄がまた私を撫でた。優しく、柔らかく、あの時みたい、泣き出しそうなのは私だけど、泣き出しそうな手の平が愛しくて心臓がぎゅっとなった。


20120113
十万打フリリク@真紘さん
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