「よか天気ばいナマエ、散歩行かんね?」「行く」即答すれば千歳は優しく笑った。ベッドの上に放り投げていた自分のマフラーを私の首にかけ、自分は上着に袖を通す。それを見ながら千歳のマフラーをきちんと巻いたら千歳の匂いがして頬がふにゃっと曲がった。いい匂い、好き。

「さっむい!」

 寮から出れば、突き刺すような冷たい風が顔や手を襲ってきて思わず叫んでしまった。千歳は「もう冬やねぇ」と楽しそうに言って、私の右手を掴んだ。あまりにも自然に掴むもんだから一瞬にしてぶわっと体が温かくなったけれど、風がまた吹いて身震いをする。千歳にぐいっと体を寄せた。拍子にマフラーからも千歳の上着からも千歳の匂いがして、また頬がふにゃっとなって正すように顔を押し付ける。

「戻ってもよかよ?」
「千歳は散歩行くんでしょ」
「まぁ」

 自由人、彼女を置いて散歩に行くだなんてあり得ない。でもそんな千歳がやっぱり好きで、千歳の部屋も好きだけど千歳と散歩だってしたかった。外は寒いと知っていたのに即答したのもそのためなのに、この男は何もわかっちゃいない。

「ついてく」

 そう言ったら千歳は繋いでいない方の手で私の頭を髪の毛が乱れないように撫でてくれた。大きな手がくすぐったくて見上げれば、嬉しそうに笑っている。

「何?」
「むぞらしか」
「でしょ?」

 ふざけたら、おかしそうに肩をすくめた千歳の仕草が何だか可愛くてたまらなかった。少し笑ったらマフラーの千歳の匂いが鼻をかすめて、どうしてか涙が出そうになる。寒いから余計に愛しいのかな。
 風は冷たいけれど最初に千歳が言ったように天気はよくて、穏やかな日差しが気持ち良かった。千歳が呟く「気持ちよかね」という言葉に「そうだね」と答えれば「よか天気ばい」と独り言のように本当に嬉しそうに呟くから返事代わりに千歳の大きな手を少し強く握り返す。

「あ」

 呟いた千歳を見上げたら「猫がおる」と言うから千歳の視線の先を見ると、気持ちいい日差しを全身に浴びて満足そうな白い猫が寝そべっていた。「ほんとだ」と二人して猫に近づけば、猫は綺麗な瞳で私たちをちらりと一瞥しただけで逃げようとしない。千歳が慣れたようにしゃがんで猫を撫で始めたから私もくっつくようにしゃがんだ。

「美人さんだねぇ」
「ここらへんでよう会うばってん、いつもの友達は今日おらんと?」
「友達?」
「茶色い友達がおらすったい。喧嘩でもしたんね」

 まるで金ちゃんや年下の子供に語りかけるような千歳にへらりと笑う。一人でもこんなことしてるんだろうなぁ、こんな大きいナリして可愛い。おもむろに携帯を取り出してカメラを起動し、猫を抱きあげ「仲直りせないかんばい?」と慰めるように撫でる千歳を撮った。シャッター音に気付いた千歳はきょとんと言う。

「なんね、急に」
「可愛いんだもん」
「男にそぎゃん言葉使うもんやなかたい」
「じゃあかっこいいから」
「やろ?」

 私の真似をしてふざけた千歳に、さっきの千歳の真似をして肩をすくめたら千歳が笑って私も笑った。そしてなぜか「はい」と猫を渡されたから受け取る。全身がふわふわしてぽかぽかした猫はとても気持ちが良くて思わず「君はなんて素敵なんだ!」と叫んでしまった。従兄弟のチビちゃんにするみたいにうりうりと可愛がっていたら、カシャンという電子音が聞こえて「あっ」と千歳を見る。携帯を構えてまたカシャン、やめんか!

「消して!」
「なして?むぞらしか」
「こら!」

 猫を丁寧に地面に帰して、千歳の携帯に掴みかかろうとしたら腕を高くあげられて千歳は立ち上がった。もう届くはずがない、畜生、やられた。

「絶対変な顔だった…」
「そぎゃんこつなかよ」
「むぞらしか?」
「むぞらしか」
「うるさいバカ」
「困ったちゃんやね」

 可笑しそうに笑いながら携帯を操作する千歳を睨んだら、それに気付いた千歳が呆れて笑ってまた私の手を握った。さっき撮った写真を見ているのか、小さく「よかマフラーしとったい、似合っとる」と千歳が言うからなぜか恥ずかしくなってマフラーを鼻のあたりまで上げたら千歳の匂いに襲われて胸が苦しくなった。寒いし熱い。

 ゆっくり歩いてコンビニに寄って、おでんを買ったから行きより少し早めに帰った。それでもだいぶ時間がかかったみたいで、あんなにほかほかの湯気が出ていたおでんは少し大人しくなっていた。それでも冷え切った体にはちょうどいいだろうと話しながら千歳がお皿を用意している。千歳が脱ぎ捨てた上着をハンガーにかけようとしたら上着のポケットが震え始めた、携帯だ。

「千歳、携帯なってる」
「電話ね?」
「見ていい?」
「よかよ」
「あ、メールだよ」
「ん」

 開いてそう告げて、すぐ待ち受け画面になった千歳の携帯を見て私は思わず「ば」と可愛くない呟きを小さくした。さっき撮られた写真だった。猫にへらへらしていて気持ち悪い、私。
 千歳をじろりと見たら千歳は「バレた?」という顔で笑っているから、いつだったかミユキちゃんに頼まれたけど上手く撮れなかったと言いながら見せてくれた手塚くんの写真に変えてやった。おでんを食べながら携帯を開いた千歳がそれに気付いて小さく「…ナマエのバカ」と可愛く呟いたから笑った。むぞらしか。


20111209
十万打フリリク@壱子さん
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