田舎で一人で暮らしている父が倒れたという連絡を受けて田舎に帰ることになった。銀ちゃんは「親孝行しねぇとな」と電車の切符まで取ってくれて、荷物も一緒にまとめてくれて、今日は生活用品を手持ちのバッグに詰めてこの万事屋を出るだけだった。

「ナマエー、あれはー?」
「あれってー?」
「お茶っぱとかー」
「あー」

 めんどくさいけど説明しとかなきゃ、と思いつつタンスの前でおろしていた腰を上げた。それと同時に、ちょっと前は銀ちゃんの「あれ」が何を指すのか大体分かってたのになぁ、とため息をつきそうになった。最近銀ちゃんの気持ちが少しずつ分からなくなっている気がする。本当に少しずつ、少しずつ。
 台所に入って、戸棚を開けたり閉めたりしている銀ちゃんに「ここだよ」と戸棚を開けてあげれば「おー」と銀ちゃんはそこを覗きこんだ。

「ついでに、予備のお砂糖がここに…あれ、えっと」

 開けた戸棚にあると思っていたお砂糖がなくて、隣の戸棚を開けて探した。「あれー」なんて言う私を銀ちゃんが見ている気配がして、戸棚の中から顔を出して銀ちゃんを見たら銀ちゃんはもう私ではなく、違うところ見ていた。見事なすれ違いに最早笑えてきて、次の戸棚を開いたら目当てのお砂糖があったから「あったよ、ここね」とお砂糖をぽんぽん叩いた。

「予備は大体ここに置いてるから」
「あいよ」
「ねぇ、寝巻代わりにしてた銀ちゃんのシャツ貰っていい?あれ着心地いいんだよね」
「おー」

 そう言いながら銀ちゃんを見たのに、銀ちゃんの目線は戸棚に奪われたままだった。見事見事。
 再びタンスの前に行こうと台所を出る間際、やっぱり銀ちゃんの視線に気づいた。私は銀ちゃんを見れない。どうせまたすれ違いだ。

 手持ちの大きめな鞄に服や生活用品を詰め込み終わり、銀ちゃんに家のことを一通り説明してから玄関に座った。最後だから銀ちゃんと二人きりで、と神楽ちゃんと新八くんとはもう昨日のうちに別れを済ませている。小さめの靴を見てぐっと胸が詰まったのを「疲れたー」というため息で誤魔化して靴に足をいれた。冷たくてまた寂しくなった。

「無理すんじゃねーぞ」
「うん、ありがとう」
「…」
「……銀ちゃん」
「あ?」
「なんか、噛みあわないね」
「…だな」

 「噛みあわない」という表現が妙にしっくりきて、目が合ったのも久しぶりな気がして、可笑しくて笑ったら銀ちゃんも困ったように笑って隣に座った。くっつかないのにそばにいるだけで銀ちゃんの体温がこっちまでやってきて、少し「引き留めてほしい」と思ってしまった。でもそんなわけにはいかないし、きっとここが私たちのタイミングで、だからこんなに別れが濃いものじゃないんだと思う。

「いつからかなぁ」
「わかんね」
「銀ちゃんのこと、大好きなんだけど」
「俺も」
「何でだろうね、目も合わないし」
「何考えてるかわかんねーし」
「そうそう」
「何でだろうな」
「何でだろうね」

 ぼんやりそんな会話をして、目が合って銀ちゃんの顔が近づいてきたから目を瞑ってキスをした。好きなのになぁ。

「手紙書くね」
「おう」
「会いたくなったら会いに来ていい?」
「おう」
「また一緒に暮らすのもあり?」
「おう」
「ちょっと離れてたらまた前みたいになるかなぁ」
「なるかもな」
「なりたい?」
「約束はできねーだろ。向こうでいい男に会うかもしれねーし、俺も結野アナと結婚するかもしれねーし」
「はは、そうだね」
「…離れたくはねぇけど、しょうがねぇって割り切れる」
「うん」

 それを「愛情が薄れた」と表現するべきなのか、私たちには判断することができなかった。もしかしたらしばらくすれば銀ちゃんに会いたくなって会いたくなって泣きながら戻ってくるかもしれないし、銀ちゃんの声とか癖とか忘れちゃうくらいになるかもしれないし。

「そろそろ行くね」

 そう言って立ち上がると銀ちゃんも立ち上がった。キスだけで手も体もどこも触れなかったことに寂しさを覚えながら銀ちゃんを見る。

「いろいろとありがとう」
「いや、俺も」
「銀ちゃんも無理しないでね」
「おう」
「みんなによろしく。じゃあ」
「気をつけろよ」
「はーい」

 扉を開けて、手を上げて柔らかく笑う銀ちゃんをちらりと見て笑って扉を閉めた。随分寒くなった風に身震いをし、鞄を持ちなおす。右手はポケットに入れて暖めたけれど、鞄を持った左手は風に晒されて一気に冷たくなった。
 すぐ後ろにある彼の名前が書かれた看板がかけられた家にはいつも暖めてくれた彼がいることを思うと愛しくなって悲しくなって涙が出そうになったけれど私は振り向かない、涙も弱音もため息を全部飲みこんで、全てが詰まった鞄をぎゅっと握って歩き出す。


20111204
十万打フリリク@茄子さん
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