「ミョウジ」

 トイレから戻って教室に入ろうとしたら、隣のクラスの宍戸くんに呼ばれた。
 宍戸くんとの共通点は委員会しかない。右手に温かそうな飲み物(あ、ココアだ、いいな)と一緒に何かのプリントを持っているから委員会関係だろうと思いながら立ち止まる。
 案の定、宍戸くんは「委員会の」とプリントを私に差し出した。

「これ、今日の話し合いまでに読んどけって」
「はーい、ありがとう。二枚ある?もう一人に渡しとくよ」
「サンキュー、よろしくな」
「はいよ」

 プリントを受け取ると一瞬宍戸くんの指に触れてしまった。暖かくて男の子の感触がしたそれに動揺したことがバレないようにポーカーフェイスを気取る。すると宍戸くんが「つめた」とびっくりしたように呟いたから私の指のことだと気づき、すぐ指を覆って謝った。しまった、これは引くくらい冷たい。

「あ、ごめん」
「いや」
「手洗ったから。冷え性だし、この時期辛いよ」
「ばばくせ」
「うるさいなっ」

 からかうように宍戸くんがそう言うから、笑いながら宍戸くんの腕を軽く叩く。こういうのはドキドキしないのになぁ、不意打ちに触れると弱い。にしても、うぅ、宍戸くん暖かいなぁ、冷たくて寂しい冷え性の私の指先にじんわりじんわり、手を離しても残ってる。好きだなぁ好きだなぁと嬉しいような切ないような気持ちで落ち着かない。
 私の情けない手からやっぱりからかうように逃げる宍戸くんは笑いながら「おら」と持っていたココアを差し出してきた。
 え、何、そういうことを素でしちゃうんだから、ずるい、ほんとこの人。

「いや、いいよ」
「どうせジローを起こすために買ってきたんだしよ」
「芥川くんまた寝てるの?」
「当たり前だろ」
「ははは、だね。じゃあ芥川くん起こすために使った方がいいよ」
「いいって」
「いいって」

 ありがとうね、と笑って断ろうとしたら宍戸くんはいつもの不機嫌そうな顔を更に不機嫌にさせてしまったから呼吸が一瞬止まってしまった。心臓がびっくりするくらい跳ねて、それにびっくりして、笑顔がぎこちなくなって、ぱっと全てが「やだ」に思えた。宍戸くんの一挙一動が好きで、だから怖いのだ、片思いはこれだから楽しくて辛い。
 そんな小心者の私には一ミリも気づいてなさそうな、不機嫌そうな顔のまま宍戸くんは「じゃあ」と声にする。

「お前のために買った」

 違うでしょ、違うでしょ、違うでしょ、勘弁してください、勘弁してください、勘弁してください、これでも恋する乙女なんです、些細なことでたまに赤面するあなたがそんなことをけろりと言ってくれたりしたら、私は、もう、何を言えばいいのやら、心臓が邪魔をして言葉が出ません!

「亮ー!課題見せてー!」
「あ、芥川くん…」
「起きやがったか…」
「お願い!」
「うるせぇよ馬鹿!」

 宍戸くんは隣のクラスから大声を張り上げる芥川くんに大声を張り上げ、私にココアを押しつけるように渡すと私をちらりとも見ずに歩いて行く。不意に触れた所を柔らかく触って、ココアを握りしめ慌てて宍戸くんに声をかけた。

「あ、これ、ありがとう!」
「おーまた放課後な」

 そうだ、また放課後会えるんだ、その時何かお返しを持って行こう、何がいいかなぁ、宍戸くんの好きなものなんだっけ。
 勿体無いけどココアを一口飲んだら体中があっという間にポカポカして、冷え性だなんて嘘みたいで、宍戸くんを思い出したらまたポカポカして熱くてニヤニヤしてしまう。お返しどうしようと幸せな考え事をしていたら隣のクラスから「ジローお前な!」という宍戸くんの怒声が聞こえて、なぜかまたポカポカしたのだった。あぁ早く会いたいなぁ。


20111123
十万打フリリク@柳葉ちゃん
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