私の話すことにリョーマが素っ気ないのはいつものことだけど、今日はなぜかそれがムカついて思わず「もういいよ馬鹿!」と声を張り上げてしまった。私の声は静かな図書室に響き、少ないけれど人がいたもんだから貸出カウンターに視線が集まる。そんなことよりリョーマが私の声に大きな目を開いてびっくりしていたから私もびっくりしてどうしたらいいか分からなくて、貸出カウンターから飛び出して窮屈に並ぶ本棚の間に逃げ込んだ。
 後ろからリョーマが追ってくる気配がして、急いで見つからないように移動する。本棚に邪魔されているけれど、どこかからリョーマが小さく控えめに「ちょっと、先輩」と呼ぶ声がした。

「カウンター無人だよ、ちゃんと委員会活動しなさいっ」
「それはアンタもでしょ」

 もっともなことを言われ、声で場所がばれないようにまた移動しながらもグッと言葉に詰まった。けれど着実にリョーマが近づいている気配がして私はまたどうすればいいか分からなくなった。勝手に年下にキレて、咄嗟に逃げ込んで、あっさり捕まるなんて間抜けすぎる。
 何でキレたか自分でも分からなかった。リョーマが素っ気ないのは付き合う前から分かっていたことだし、それでもいいと思ってたのに今日は何でだろう。

「ナマエ先輩」

 気付けばリョーマを見失って、気付けばすぐそばからリョーマの声がして、気付けば腕を掴まれていた。しまった、という表情をリョーマに向ければリョーマは呆れたような表情をした。図書室だからかいつもより小さくて低い声が柔らかく耳に入ってくる。

「何かあったんスか?」
「え?」
「朝から変」
「そんなこと」

 ない、と言いかけてハッとした。そういえば、朝から母親と喧嘩した。朝から「だから嫌なのよアンタは!」と怒鳴られたのを朝リョーマに会って「いい朝っスね」なんて話をしたから忘れてしまっていたのだ。リョーマが言うように朝から変なら“忘れていた”というにはちょっと違うかもしれないけれど。
 母親の台詞を思い出して急に目が潤った。涙は出ないけど気を抜いたらこぼれそうで、目に力を入れたらリョーマがまた呆れたような表情で呆れたように呟いた。

「馬鹿はどっちだよ」

 その言葉になぜかやられて、ぽろりと涙がこぼれた。慌ててそれを拭おうとしたらその手も掴まれて、私の両手を片手で制したリョーマは空いている手で私の涙を拭って軽く頬に慣れたようにキスをした。さすが帰国子女、なんて的外れなことを思いながらぼんやりリョーマを見れば「今日は怒んないんスね」と少し笑う。帰国子女だからか、リョーマはキスをする場所を選ばないので私はいつも「ここは日本!」とリョーマを叱るのだ。今日は日本どころかここは学校で、しかも人がまだいる図書室で、状況が状況だから怒る気にもならなかった。
 っていうか、それ今言う台詞か、もっと私を励ますようなかっこいい台詞言いなよ、怒られなかったことにそんなに得意げにならなくても、とどこかズレてかっこよくないリョーマに笑ってしまう。

「ちょっと元気になった」

 と言ったらリョーマは少し照れくさそうに顔をそらして、貸出カウンターに誰かがいるのを見ると逃げるように私の両手を離してそっちに向かった。小さな背中を見ながら掴まれた両手を見て、私は大きな男の子に愛されてるなぁとなぜか思った。あんなに小さいのにね。
 とても分厚い悲しみだったけれど涙はもう乾いてて、軽く「よし」と呟いて貸出カウンターに戻るとリョーマがこっちを見て、すぐ目をそらした。素っ気ないなぁと笑って「ありがとう」と言ったら「別に」とやっぱり素っ気ない。でも好きだよリョーマ、さっきはごめんねありがとう。


201121022
十万打フリリク@季々さん
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -