「おでん食べたい」
「行ってらっしゃい」
「えー寂しいじゃんか」
「寂しがり屋か」

 そう笑って言ったら、猛くんが手を伸ばしたから負けてしまってその手を掴んだ。大きくて乾いた手は私を力強く立たせて離れ、上着を取って私に投げて、上着を着たのを確認すると今度は優しく指を絡ませた。
 夜の外は静かで寒い。いつの間にか冷えた空気が頬を攻撃してくるから「寒い!」と言えば「まじで寒い!」と返ってくる。

「帰ろうぜナマエちゃん…」
「猛くんが言いだしっぺじゃんか!」
「こんなに寒ぃとは思わなかったもんよー…」
「でもこんなに寒いとおでんは美味しいよね」
「寒ぃ…」

 おでん支持派が何故か入れ替わっていて、さっきまでおでんを食べたいエネルギーで動いていた猛くんは肩をすくめて「寒い」とまた呟いた。身震いをするたびに繋いだ手に少し力が入って可愛いと思う。

「肉まんも食べたいなぁ」
「プリンまん美味いよ」
「食べたい!」
「な」

 そんな話をしていたら前から家族連れが歩いてきたから猛くんにくっつくようにして道をあけた。猛くんの体や腕が思ったより温かくて、小さく「あったかい」と呟くと「ナマエもね」と言うから笑う。
 猛くんは寒くて嫌そうだけど、こんな日もいいなぁと思った。体中が冷たい空気と風で家が恋しい訴えてるのに猛くんの体温を片方の手に感じられるだけでもうちょっと歩いていたいと思ってしまう。猛くんにはそんなパワーがあるのに本人はそんなパワーもつゆ知らず、寒い寒いと体を小さくしてばかりだった。

「猛くん、星が綺麗だよ」

 私が空を見上げると下ばかり見ていた彼も顔をあげた。「おー」と少し感心したような顔をしてすぐに「あ」と何かを思い出したらしく呟く。それにつられるかのように私もあることを思い出して、猛くんより先に言葉を放った。

「猛くん、財布持ってきた?」
「だから、それ」
「うそっ」
「しっかりしてよー」
「こっちの台詞だよ、せっかくここまで来たのに」
「今日は諦めるか」
「いいの?」
「寒いし」
「やっぱりそれか」

 笑って、もう一度空を見上げたら控えめに輝いている星が本当に綺麗で、ため息をつきそうになった。そしてついため息をつくと口から冷たい空気が入ってきて、猛くんの体温が際立ったからやっぱりまだ帰りたくないなと思う。猛くんはもうすぐにでも帰って温かいものでも飲みながらぬくぬくしてたいんだろうなぁ、と思いながら猛くんを見れば目が合った。

「何?」
「別に?」
「なんか言いたそう」
「何でもないよ」
「そんなにおでん食いたかった?」
「違うよ」
「じゃあ肉まん?」
「そんな食いしん坊じゃないし」
「食いしん坊だろ」
「猛くんほどじゃない」
「そーね。帰ったらナマエのフレンチトースト食いたい」
「今からぁ?」
「ミルクティー淹れてやっから」
「割に合わないよ」

 そう言って笑ったら猛くんも笑った。ちょっと腕に寄りかかったら「甘えん坊」と笑われたから「食いしん坊」と返してやった。猛くんの匂いが夜の匂いと混ざって、やっぱりこの時間が惜しかったけど猛くんの手に引かれるのも好きで、彼と帰る家も好きで、ここに立ち止まったら立ち止まったで「帰りたい」と思うに違いない。抱かれてるような心地よさに目を瞑りそうになって、猛くんと目が合ってやめた。綺麗な夜だね、ずっと一緒にいたいね、なんて言ったら支離滅裂な言葉に彼はすごく不可解そうな顔をして眉間に皺を寄せそうだなぁ、と思うと愛しくて愛しくて抱きしめたくなる。それを我慢することさえ幸せで、たまらずにコツンと頭を傾けた私を見て食いしん坊な猛くんは「甘えん坊」と思っていることだろう。どっちもどっちだね。


20111020
十万打フリリク@旭さん
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