「おじゃましまーす」と臨也さんの家に入れば、中はどこか緊張してしまうくらいしんとしていた。誰もいないのだろうか、と意味もなく音を立てずに進めばデスクの椅子に座った臨也さんが何かの紙をじっと見ている。
集中しているみたいだし邪魔しちゃいけないと判断して音を立てないように肩にかけたリュックを降ろす。すると、黙っていた臨也さんが「ねぇ」と静かに言うからパッと顔を向けた。声色がいつもと違い、機嫌が悪い時の声色のような気がしたのだ。案の定、臨也さんの目はいつも以上に冷たくて少し体が強張る。何かしてしまっただろうか、と体中の体温が引く代わりに嫌な汗が出そうだった。
「何、これ」
そう言いながら見せたのは普通のコピー用紙に印刷された写真か何かで、誰か人が写っているようだったけれど粗くてよく分からなかった。恐る恐る近づいて遠慮がちに覗き込む。
「あ…」
そこにはつい数十分前の私とドタチンさんがいた。学校帰りに偶然会い、数学で分からないところがあったのでマックで教えて貰っていたのだった。前からいろいろと世話を焼いてくれる人で、俺で良かったら教えるぜと以前言っていったのにつけ込んだのである。つけ込んだというか、世話を焼いてもらっただけだしちゃんとお礼もしたのだが。それは置いといて。
「えっと、数学で分かんないとこがあったんで、ドタチンさんに」
「それくらい分かるよ。何でドタチンなわけ?」
「はい…?」
「こんな問題くらい俺だってできる。むしろドタチンより俺の方が適任だ」
「ご、ごめんなさい…」
「大体、臨也さん以外の男なんてクソですなんて言ってよくこんなことができるね?君、クソと話してるんだよ?ましてや数学を教えてもらってるんだよ?」
「えっと、あの、臨也さん」
「何」
「やきもちですか」
「さっきまでビビってたくせにニヤニヤしながら聞くなよ」
あからさまにいらっとした臨也さんに、それでも私はニヤニヤしてしまう。あの臨也さんがたったこれだけのことでやきもちを妬くなんて!
臨也さんは私に見せるように、威圧的にビリビリと私とドタチンさんが写った紙を破くけれど、そんなのどうでも良くてやっぱりニヤニヤしていたら臨也さんはまた不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。そして言い聞かせるように私に言った。
「やきもちなんかじゃないよ。ただ自分のものが勝手にしていることにムカついてるだけ」
「やきもちですよ」
「ほんと、女学生って馬鹿だよねぇ。昔から思ってたけど」
「男の人はそれ以上に馬鹿って臨也さんこの間言ってませんでしたっけ?」
「言ったっけ?」
「言いましたよ」
「言ってないよ」
「じゃあ言ってないでいいです」
「君って俺が全てって感じだよね」
「早く臨也さんにとって私が全てになればいいのにって思ってます!」
「だから馬鹿って言ってるんだよ」
呆れたようにだけど、臨也さんはやっと笑ってくれた。あり得ないよ、と言いながら手をひらひら振って思い出したようにこっちを見る。その目がもう怒ってないのを確認して、私はまた笑った。
「今日の夕飯、豪華にしてくれたら許してあげるよ、ナマエ」
中途半端なやきもち妬いてもらったり名前を呼んでもらったり夕飯を豪華にしてくれって頼まれたり、それだけで幸せと思える私はやっぱり馬鹿な女学生だろうか。大人になったら変わるかな、とキッチンに向かう途中に臨也さんを見れば彼は「またニヤニヤしてるよ」と言った。そんな私を見て、さっきはあんなに怖かった顔を崩して笑うあなたもまたやっぱり馬鹿じゃないのかなってニヤニヤしながら腕まくりをしたのだった。
20111020
十万打フリリク@ちあきさん