私が「銀さん」と呼ぶと銀さんはいつも「なーに」と返事をしてくれた。返事をしないときは寝ているときだけで、そんなところがとても好きだと思う。喧嘩をしたとき(といっても今までそんなに大きな喧嘩をしたことはないが)でさえも「銀さん」と呼べば彼は「何だよ」と不機嫌にでも返事をしてくれるのだ。どんなに腹がたっても、そんな彼だからやっぱり仲直りがしたくなるのだった。
 だからテレビを見ている銀さんの背中を見ると、つい「銀さん」と呼びたくなってしまう。別に用なんてないけど、銀さんの返事が聞きたくて、振りむいて笑ってくれたりなんかしたら嬉しいな、と思って想像して少しにやけてしまうのだから我ながら銀さんのことが好きすぎるなぁと思った。
 銀さんが欠伸をするのが聞こえる。大きな体が少し動いて、優しい匂いがする気がした。その匂いにつられたようにするりと言葉が零れてしまう。

「銀さん」

 声になって、自分の声に驚いた。呼ぶつもりはなかったのに、いや、あったけど、でも、そうじゃなくて。勝手に焦って息を吸いこんだら、銀さんの体が揺れて銀さんが振りかえった。

「なーに」

 なぜ唇を噛んでしまうのかは自分では分からなかったけど、そうせずにはいられなくて、銀さんは私を見てきょとんとしていた。「ナマエ?」と呼ぶ声がまた愛しくて、言う言葉も見つからなくてまた「銀さん」と呼ぶ。

「だから何だよ」
「…銀さん」
「はいはい何ですか」
「銀さん」
「はーあい」

 可笑しそうに笑いながらからかうように答える銀さんに息が詰まりそうになった。子供を見つめるお父さんのような優しいまなざしが私の心臓を温かくするからなぜか涙がこみ上げてきて、銀さんにも気付かれるくらい涙目になってしまった。銀さんは「どうしたよ」とやっぱりお父さんみたいに優しく大きな手で私の頭をぽんぽんと叩く。

「銀さん」
「おう」
「銀さん」
「ナマエ」
「銀さん」
「ナマエちゃん」
「…銀ちゃん」
「お、それもいいな」

 銀さんちょっとキュンとしちゃった、と言って銀さんは私の手を握った。小さく「お父さんみたい」と呟いたら「彼氏なんですけど」と少し怒られる。うん、そうけど、そんな銀さんが大好きだよ。繋いだ手に少し力を込めたら「なあに」とまた返事をくれた。心臓が幸せだ幸せだと呟くように揺れている。ため息をつきそうになるくらい、もうこれだけでいいやなんて思うくらい、こんなに大きくて暖かくて幸せに満ち溢れる時間がそばにある私は、なんて幸せ者なんだろうか。

「ナマエ」

 にや、ともへら、とも言えるような顔で笑ったら、銀さんも同じように笑った。しあわせ。


20111005
十万打記念フリリク@紫暮さん
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