お母さんと喧嘩をして家を飛び出した。魔法を使って、履いていたスリッパに羽根を生やして二階のベランダから隣の屋根へと飛び出した。人様の屋根の上を!とお母さんは最後までガミガミ言ってたけど無視して飛び出した。道に迷った。
 上から見ると、慣れた町でも全く違うように見えるんだなぁと勉強にはなったけど、さてどうしよう。生憎携帯もお金も持っていなければ履いているのは靴ではなく室内用のふわふわしたスリッパだ。帰ってもお母さんにまたガミガミ怒られるだけだしなぁ、とベンチで足を抱えると暗くなってきた道からジャリ、と人間の足音とは違う足音が聞こえた。顔を上げれば雄々しくて凛々しい狼がそこにいた。どこか優しさを孕んだ毛並みをしている。

「…陣?」

 問うと、いつの間にか狼は陣に変わっていた。相変わらず無愛想な顔だ、怒ってるような気もするけど無視しよう。陣は動こうとしない私の前に立ちはだかる。

「心配してたぞ、おばさん」
「…陣の鼻は便利だね、道に迷わなくてすむね」
「俺より灰町に長く住んでんのに何で迷ってんだよ」
「上から見ると知らない町みたいだった」
「…帰るぞ」

 そう言って陣は手を差し伸べたけれど、正直帰りたくなかった。まだお母さんに対しての怒りは収まらないし、帰っても喧嘩になるだけだ。ジッと陣の手のひらを見る。ごつごつして大きな手、いつからこんな手になったんだろうか。

「ナマエ」
「まだ帰りたくない」
「ナマエ」
「…」

 陣の瞳は少し怒っていた。乱ちゃんも毎日こんなのに怒られて大変だなぁ、とそっとスリッパに手を添えて家を飛び出した時みたいに羽根を生やすと、それに気づいた陣は素早く言い放った。

「逃げてもまた見つけるぞ」
「………そんなに匂う?くさい?」
「臭くはねぇけど」

 なんかもう適わなくて、陣の大きな手を掴むと陣は苦笑しながら引っ張って立たせてくれた。あ、あったかい。全身の血が熱くなるような暖かさだ。陣らしい、イメージするなら触っても火傷をしない暖かい炎。魔法みたいだなぁ。

「シャンプー変えようかな」
「何で」
「陣にすぐ見つかっちゃうから」
「変えても分かる」
「何で?」
「昔から俺がお前の匂いを間違えたことがあるか?」
「…ない。かくれんぼが楽しくなかった」
「だろ?」

 あ、笑った。
 陣が笑ってくれると嬉しい。昔からなかなか笑ってくれない、というか私が陣を呆れさせるようなことばかりするからいけないんだろうけど、それにしてもなかなか笑わないから笑ってくれると嬉しい。もう少し魔法が上手くなったら陣が笑ってくれるようなことたくさんしてあげれるのにな。まぁまずはお母さんと和解するところから、だけど。

「陣、私に何してほしい?」
「は?」
「魔法でちょちょいと叶えてあげるよ、いつか」
「…とりあえず男物の香水、どうにかしてくれ」
「あー…男友達のが移ったかな」
「お前の匂いと混ざって、イライラする」
「…」

 見上げた陣の顔は本当にイライラしているような顔だった。嫉妬に近いものだと自分で気づいていないのかな、残念ながら私はそれを気づかせる魔法を知らないからまだもうちょっとこのままで、の意味を込めて繋いだ手に力を入れたら陣は「?」という顔で私を見た。陣くんよ、魔法でも何でもない、病気なんじゃないかと思うくらい異質な、この暖かい動悸は何だろう、これはなんていう魔法?


20110520
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