※一生一世の番外編




 今から帰る、というメールの内容とは裏腹に静雄はなかなか帰って来なかった。せっかく用意した料理は冷えかけていて、それに合わせて何かあったのかなと少し不安になる。また好きでもない暴力を奮って落ち込んで帰ってくるかもしれない、と救急箱を無意味に触っていると玄関から鍵を開けるような音がした。無造作な開け方は紛れもなく静雄で、私は玄関の方を覗き込む。がちゃりと帰ってきたのはやっぱり静雄で、眉間に皺を寄せていた。機嫌が悪いらしい。

「おかえり」
「…ただいま」
「遅かったね」
「臨也の野郎を仕留め損ねた」
「あー…」

 だからか。自分で言ったくせに臨也という単語にイラッときたのか、静雄はチッと舌打ちをして靴を脱いで家に入る。私はテーブルの上の料理をレンジに入れて温め、その間にご飯をよそった。静雄用の大きな茶碗にご飯をよそうと、いつも通り静雄が茶碗を取りに来る。いつもと違うのは無言で、明らかに不機嫌オーラがでていることだ。
 触らぬ神に祟りなし、という精神でそんな静雄をスルーして私も自分用の茶碗にご飯をよそった。ちょうど温め終わった料理のお皿と一緒にテーブルに運ぶと、座っていた静雄が私にもお茶を注いでくれたから「ありがとう」とお礼を言う。不機嫌でも優しいから少し和んだ。
 私がいただきます、と手を合わせて言うと静雄も同じ台詞と同じ動作をして料理に手をつける。テレビからはバラエティーの笑い声が響くけれど、静雄は不機嫌というより何かを考えているような顔で何だか居心地が悪い。
 美味い、とも言ってくれないなぁと考えながらふと自分が贅沢なんじゃないかと思った。いつも静雄は当然のように美味いと言ってくれるから、それが普通だと感じるようになってしまったんだと思う。臨也なんかほとんど言ってくれなかった。
 軽く考え込んでいたら、静雄が「なぁ」とぽつりと呟いたから顔を上げる。

「臨也と付き合ってたんだよな、ナマエは」
「え?」

 少し臨也のことを考えていたからか、なぜか焦ってしまった。第一そんなことは今更だ。静雄は何を考えているのか分からない、ぼんやりした表情でお茶を飲んだ。そこからはご飯を食べる素振りもしないで、一体何なんだろうかこの空気は。

「どうしたの?」
「いや…」
「何かあった?」
「違う。ちょっと考えただけだ。ただでさえ気に食わねえ野郎なのに、彼女の元カレっつーのも嫌な話だろ普通。考えたこともなかったっつーか、考えるのも避けてたけどよ、ナマエは今まであの野郎のために飯作ったりした、んだよ、な」

 静雄はそう言いながら視線を私が作った料理に移した。歯がゆそうな顔をしている。
 つまり嫉妬、だろうと思う。臨也のことを考えるのも嫌がる静雄のことだからそういう今までの私の経緯とか考えるのを避けていたのだろう、けれどふと考えると実際のところ私は天敵の元カノなのだ。
 と冷静に言ってみたけど嬉しい。嫉妬なら本当に嬉しい。静雄が嫉妬してくれたことなんて考えてみれば一度もなかった。だってあんまり多くは望まない人だ。私がいて、それが当たり前で普通に過ごせて、それだけの今が幸せだって言ってくれるような人。よくよく考えてみれば、静雄にとって嫉妬するなんてこと恥ずかしい部類に入るだろうに素直でどこか天然だから、気づいていない可愛い人。考えれば考えるほどなんて愛しいんだろうか。
 私は落ち込んでいるような彼に何て言えばいいのかな。嬉しいよ、とか今は静雄が一番だよ、とかそういうのじゃ足りない気がしてならない。でも食事中にキスしたりするのも何だか行儀が悪い。静雄をジッと見ていると、目が合った。思わず口が開いて言葉が飛び出す。

「幸せ」
「…は?」
「静雄にご飯作れる今が、すごく幸せ、です」

 なんて恥ずかしい言葉を言ってるんだ、と誤魔化すようにご飯を頬張った。静雄はポカンとこっちを見ていて、テレビでは芸人たちが騒いでいる。ちらりと静雄と見れば目が合って、すぐそらした。恥ずかしい。でも本当にそう思ったのだ、パッと浮かんで口から飛び出していったのだ、伝えたいし不安にさせたくないと思ったら止まらなかったのだ。
 気づいたら静雄もご飯を食べていて、なぜか静雄も顔が赤くて、なぜか目が合って咄嗟に「美味しい?」と声が出た。

「…美味い」

 良かった、と安心した私は笑った。贅沢かもしれないけど私は静雄からその言葉が欲しい。密かに満足していたら静雄が続けた。

「すげぇ美味い、めちゃくちゃ美味い」
「え、あ、うん?ありがとう」
「…ごめん」
「何で?」
「くだらねぇこと言って」
「いや…」
「幸せなのに」

 静雄、それは私も同じだよ。幸せなのに贅沢なんだよ、それなら私も謝らないと。

「…でも静雄は贅沢になっていいんだよ」
「だったらナマエもだろ」
「…幸せだなぁ」
「…な」

 目が合って何だか可笑しくてまた笑った。幸せだなぁ。


20110520
五万打記念フリリク@ハルさん
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