推薦で一足早く受かった幸村くんを羨ましいと妬んだことは正直何度かある。浅ましいし嫌われたくないから絶対に言わない。それに、幸村くんは日頃から頑張ったから推薦で受かることができたのだ。日頃から頑張っていない私が妬むのは筋違いだ。
「緊張してる?」
センター試験前日、学校が早めに終わって久しぶりに幸村くんと帰ることができたのに私は何を喋ればいいのか分からなかった。こうやって彼に現を抜かしている間にみんなは最後の暗記を終え、私は単語や公式を頭の中から道端に落として行ってるんじゃないかと気が気でない。幸村くんの言葉にも何だか答えたくなかったけれどそうもいかなくて答えた。
「緊張してる。怖い」
「母さんがナマエのこと心配してたよ」
「すいません頑張ります…幸村くんのご家族には本当にお世話になっちゃったなぁ…」
「みんなナマエがお気に入りだからね。頑張れって」
「ちょっとプレッシャーかも…」
「大丈夫だよ、ナマエは頑張ったから」
頑張った、かなぁ。
センター試験の勉強を始めてからのことを考える。私は誰よりも勉強したわけではないし、逃げなかったわけでもない。1日勉強しなかったこともあるし、逃げたこともある。誰かを妬んだり泣いたりして、勉強した記憶よりそういうものの方が大きかったような気がした。
何だろうか、この感覚、私は、初めから落ちるような人間な気がする。
そう思うと心臓がどこかに落ちたような感覚がした。もうダメだ、ダメだ。
「ダメだよ幸村くん」
「ん?」
「ダメだ、私落ちる、頑張ってなんかないもん」
「ナマエは頑張ったよ」
「違う、頑張るふりをしただけだよ、私より頑張った人がたくさん受けるんだよ、もうダメ、幸村くんのお母さんたちに顔向けもできない女だよ」
「ナマエは頑張った。俺へのメールも電話も減ったし会話も受験のことばっかりで、俺より他の男子と勉強の話をすることが増えた」
「へっ?」
急に幸村くんがそんなことを言い出して、あまりにも驚いて一瞬単語や公式が飛んだと思う。え?何?やきもち?幸村くんが?混乱はしたけど単語や公式はすぐ戻ってきて、幸村くんはいつもの優しい笑顔で続けた。
「それに俺は自信を持って母さんたちに俺の彼女は頑張りましたって言えるよ。どう?」
「どうって…」
びゅうと吹いた風に耳が千切れてしまいそうだと思った。耳がなくなったら今の幸村くんの言葉とか全部忘れちゃうのかな、それは悲しいな、なんて一瞬思ったけどそんな訳はない、私は受験生で、たくさん勉強したからそんなことないって分かるのだ。
あぁ、何だろう、幸村くんってすごいなぁ、推薦で通るだけのことはあるよ、幸村くんの言葉だけで私は明日、幸村くんがいない教室で試験を受けたって寂しくもないし不安でもないんだと思う。
「ありがとう」
そう言ったら何だかホッとした。幸村くん、ありがとう。ありがとうって言える相手が幸村くんでありがとう。
20110114