仕事が終わってそろそろ帰ろうかと準備をしていると、机の上にある携帯が震えだして音が目立たないうちに慌てて携帯を取った。着信は聡からで、特に約束もなかったのに何だろうと思いながらも電話に出る。

「もしもし?」
『仕事終わった?』
「うん、今。どうしたの?」
『足挫いた。迎えに来てくんない?』
「は!?大丈夫なの!?」
『しばらく安静にしてたらな。来れる?』
「行く、今から行くから待っててね、座って」
『さんきゅ』
「座って待っててよ?」
『どんだけ信用ねーんだよ!』


「ねーよ、信用」
「怒んなって」

 へらりと笑う聡は、ETUのスクール生たちに囲まれて立ったままサインをしていた。それどころか私が着いたとき、遊びで軽くだけどスクール生たちとボール遊びをしていた。それでもプロか、と言いたくなるけどサインを貰って嬉しがるスクール生を見るとそれでもプロか、とため息をつきたくなる。

「何、丹波の彼女!?」
「おーよ。怖ぇぞ、あのオバチャン」
「誰がオバチャンだ」
「へー結構かわいいじゃん」

 結構ってなんだガキども。スクール生の言葉に聡は楽しそうに笑った。あぁもう、何だかなぁと仕事帰りということもあって疲れを感じつつも、笑っていることに安堵感を覚えた。とりあえず車で待ってるね、と言い残して車に戻ろうとすると後ろから「じゃーな、丹波の彼女!」という声がして思わず笑って、振り向いて手を振った。聡も笑っているから目があって呆れ笑いになった。

 しばらくするとゆっくり聡が私の車に向かってきた。助手席を開けてどすん、と椅子に座った聡を見てから足を見ると、白いテープ固定されているのが少し痛々しく思う。

「大丈夫なの?」
「あ?あぁ、別にそこまで痛くはねーし。一週間は練習参加できねぇけど」
「そっか。一週間なら私泊まろうか?」
「そのままずっといてくれりゃいいのに」
「…ごめんね」
「いいよ、仕事楽しいんだろ?」
「うん」

 それにこしたことはねぇよ、と笑う聡にありがたいとは思ったけれどいつもそう言って機会を与えてくれる彼に申し訳なさも生まれた。30も過ぎた女にとって、こうやって結婚の機会を何度も与えてくれる人がいるなんて贅沢なことなんだろうと理解はしつつも、今の私には仕事を辞めるという選択肢は浮かばなかった。仕事をやるからには一人暮らしが都合がいいし、結婚をするからには聡を支えることに専念したいと思う。何だか贅沢で中途半端な自分に嫌気がさした。

「ごめん」
「何で謝るんだよ。ほら、帰ろうぜ。それともどっかで飲むか?どうせ俺練習参加できねーし」
「…堺くんがいい加減体考えろよって言ってたよ」
「なっ…!あいつ、ナマエにまで…」
「でもほんと、聡ももう30過ぎたんだから」
「そりゃ可愛い奥さんの一人でもいればね」

 堺は結婚してるから、とぼやく聡に私はエンジンをかける手を止めた。思わず鍵から手を離すと、ちりんと聡とお揃いで買ったしょうもないキーホルダーが鳴ってシーンとなった車内に少し響いた。聡は窓際に肘をついて、拗ねてるみたいに何もない窓の外を見ている。

「…怒ってるの?」

 さっきは急がなくていい、みたいな言い方だったのにという含みも込めて言うと、聡は素っ気なく「別に」と答えた。怒ってるじゃないか。いつもみたいな年相応じゃない笑顔をしないじゃないか。何なの、と呟こうとした瞬間、聡は「ただ…」とぼやくみたいに呟いた。

「ナマエと早く結婚したいだけ」

 そう言って前を向き、私の方も向いてくれる。真面目な顔がやけにかっこよくて、こんな人に求婚されてるんだから結婚するしかないんじゃなかろうかという気持ちが一気に現れてびっくりした。しなきゃ、結婚、彼と。いや違う、したい、こんな愛しい彼と結婚するしか私の道はない、新しいプロジェクトなんか部下が立派にこなしてくれて大成功を収めそうな気がする、そして私は彼とゴールインをしたい。しなきゃ。
 聡はまた前を向いて、いつもみたいにただ羨ましがるような口調で言った。「いいよなー堺」うん、確かに、私も堺くんの奥さんがすごく羨ましい。あの二人が醸し出す雰囲気を私だって聡と醸し出したい、あぁ、なんだこれ、胸が熱い、口が勝手に動いちゃう。

「…聡」
「ん?」
「今ものすごく聡と結婚したい」
「まじで?」
「まじで」
「…市役所まで飛ばしてくれ」
「何だろう、そのために今日迎えに来た気さえするんだけど」
「捻挫して良かったー!」

 聡はそう言いながらダッシュボードを叩くから笑った。
 こんなこと言ったら堺くんに「普通逆だろ」って言われそうだけど、それでも私という彼女は彼氏を乗せていざ区役所へ!


20110513
五万打記念フリリク@青子さん
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