「ナマエさんナマエさん来て!猫!」と世良くんが興奮したように言うからグラウンドに行けば一匹の黒い猫がグラウンドを走り回って、選手たちが楽しそうに笑っていた。とても美人な猫ちゃんで、私も近づきたいとか思っていたら松原コーチが選手たちを叱る時みたいに「こらー!出てけー!」と追いかけ回すから猫はグラウンドから出て行った。それを見て選手たちがまた笑う、チラリと達海さんを見れば達海さんも笑っていて、好きだなぁと言いようもない切なさに襲われた。

 達海さんはいつものように対戦相手のDVDに見入っていた。こうなると自分の睡眠のことなんか考えないから困る、付き合ってたら私まで明日の仕事がキツいし邪魔にになると思い、何も言わずに一足先にベッドに入った。達海さんは私が寝ようとしているのに気づいているのか気づいていないのか、ただジッとテレビを見ている。
 達海さんに背を向けるようにして目を瞑れば真っ暗になって、さっきまではテレビの音で気づかなかったけど雨が降っていることに気づいた。なかなか激しそうで、明日の練習はどうなるんだろう、と雨に打たれるグラウンドを想像する。するとふと昼間の黒い猫も一緒に浮かんできて、猫は昼間みたいにグラウンドを濡れながら走り回っていた。ゆっくり走るのをやめると、音のないくしゃみをする。そしてこっちを見ていた。ジッと、少し濡れた目で。何だか苦しくなって体を折り曲げた。布団は暖かいし、私には近くに達海さんもいる。でも猫にはいなかった。それがとても寂しくて悲しく思えた。
 気づいたら涙が流れて、何故か止まらないから達海さんに気づかれないように袖で拭いたらテレビの音がやんだ。達海さんがこっちに来る気配がして、ギシッとベッドが揺れる。

「なーに泣いてんの」

 私がベッドに入ったことには何も関心を示さなかったのに、こういうときは目敏い。達海さんが私を覗き込むような気配がしたから隠すように布団を上げたらのし掛かるみたいに抱き締められた。達海さんの体温にまた黒い猫が浮かぶ。あの子は、人の体温がこんなに優しく暖かいことを知らないかもしれない。

「昼間、猫いたでしょ」
「あー、いたね」

 達海さんは返事をしながら私を達海さんの方に向けようとしたから素直に体の向きを変えて、でも泣き顔は見られないように達海さんの胸に顔を押し当てた。達海さんの匂いがして、また涙腺がゆるみそうになる。

「雨、が」
「…雨で猫が濡れてるかもって?」

 そう言いながら達海さんは私の頭にキスをするみたいに顔を押し付けた。くすぐったくてまた泣きたくなった、私はとても泣き虫だ。

「それで何でお前が泣くのよー」
「だって、私はこんなにあったかくて幸せなのに」
「猫は猫で自由に生きるのが幸せなんだよ、分かんないけど」
「でも、雨に濡れるのは寒いよ」
「そりゃそーだ。じゃあナマエはこれから雨が降ってるところ全域の動物をここに連れてくんの?」
「できたら、いいけど、そんな力もないし、情けない、やだ、達海さん」
「俺が嫌だみたいな言い方すんなよ」
「やだよー…」
「あーもー泣くなって」

 達海さんはぐしゃぐしゃと私の頭を撫でて、ちょっとだけ抱き締める力を強くした。あぁ、私はこんなに幸せなのにそれを享受するだけだ、何もできない、それを嘆いては彼に甘えるなんて情けない。涙を止めようと違うことを考えた。明日、の朝ご飯はハムエッグにしよう、…猫は朝ご飯食べれるのかな、あぁダメだまた泣きたくなってきた。なんて思っていたら達海さんが「なぁ」と呟いて私の脳を揺らした。見上げると、私の視線に気づいた達海さんが私を見る。

「ナマエは俺のこと考えて泣いたりすんの?」
「え…」

 達海さんの目はただ純粋に興味がある、みたいな目だった。素直な目を見て、子供みたいな人だなぁとふと思う。でももう36歳で、いろんなことを経験してる。彼から聞いてきた限りでは辛いこともたくさんあった。サッカーが好きなのに、頑張ってきたのに怪我をしちゃって。それでもサッカーが好きで彼は監督をしているのだ、でも本当はサッカーをしたいに決まってる、私は彼がサッカーをとても好きなことを知っている、いつだってどこだってサッカーのことばっかりなのだ。そんな彼がサッカーをしたくない、なんて思うわけがないじゃないか。悲しい、私は彼にサッカーをしてほしい。達海さんの悲しみや苦しみは当時近くにもいなかったし、本人ではない私には到底はかりきれないだろうけど考えるととても切ない。彼が苦しくないはずがないじゃないか。
 気づいたら涙が出てきて、彼の綺麗な目から視線を外してまた彼の胸に顔を押し当てた。

「な、んで泣くの」
「達海さんのこと、考えたから」
「…ごめん」
「いや、うん、ごめんなさ…」

 謝ったら達海さんは私の前髪を上げてキスをした。その暖かさに押されてまた涙が出そうになったから唇を噛み締めて我慢する。ぎゅっと達海さんの服を握ったら達海さんは私の頭を今度は優しく撫でた。やっぱり泣きそうになった、目をぎゅっと瞑れば黒い猫の目がこっちを見ていた。すうっと頭の上で達海さんが息を吸い込んだのが聞こえる。

「俺は、お前が泣くと悲しいよ」

 そう言うから涙を飲み込んで「達海さんが悲しいと私が悲しくて泣く、と思う」と言ったら達海さんは「そしたらやっぱり俺が悲しいだろ」と言うから笑った。
 いつの間にか外は静かで、雨が止んだみたいだった。小さく「止んだかな」と言うと達海さんは立ち上がって頭を掻きながら窓のカーテンを開ける。「止んでる。これで寝れるな」と達海さんは私の頭を撫でて、すぐテレビの前に座った。

「おやすみ」
「おやすみ〜いい夢を〜」

 目を瞑る。昼間、猫やみんなを見ながら笑う達海さんが浮かんでやっぱり好きだなぁとまた泣きたくなった。


101217

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