寒い、なんて言うと静雄が黙ってマフラーを首に巻いてくれた。珍しく私服の静雄にマフラーは似合っていたし、これじゃ静雄まで寒くなってしまうと「い、いいよ」と言ったけれど静雄は私をチラリと見ただけでマフラーを巻き終わると、木枯らしでボサボサになった私の頭を撫でてまた歩き出す。慌ててついて行けばすぐに歩調を合わせてくれた。マフラーは暖かいし静雄の匂いがして、何だか無性に静雄が愛しくなった。

「ありがとう、静雄」
「…おう」




 寒い寒い寒い、と後ろで静雄と並んで歩くナマエが呟くのが聞こえた。新羅を俺の隣に置いてせっかく二人で歩かせてやってるのに静雄の奴、マフラーでも貸してやればいいのにと軽く振り向くと静雄はそわそわした様子で、あぁあれが精一杯なのか、と笑いそうになった。振り向いた俺に気づいてナマエが「どうしたの?ドタチン」と聞いてくるから自分のマフラーを取り外してナマエにかける。

「わ、ごめん」
「お前は受験あるんだから風邪引かれねーだろ」
「ううう…言わないでよ…」
「頑張れよ」

 笑いながらマフラーを巻いて結んでやれば、ありがとうとナマエが笑った。睨んでいたら怖いので静雄の方を見ずに新羅の隣をまた歩くと、新羅がおかしそうに笑っていた。

「どうした?」
「いやぁ、静雄の顔がね」
「やっぱり怒ってたか」
「いいや、ショックを受けたような顔だったよ。君を見本にできるようになればいいねぇ」
「全くだ」




 寒かったねぇとナマエがマフラーを外しながら真っ赤な顔で笑った。ナマエはマフラーを丁寧にたたみ、ありがとうと俺に返す。
 高校時代、門田が寒いと呟くナマエにマフラーを貸したことがあった。その時俺はナマエの隣に歩くことに精一杯で、ナマエが吐息で手を暖めていても袖から覗く細くて白い指を直視することさえできないくらいだった。
 門田がナマエにマフラーを貸したとき、思わず「あ」と呟きそうになったのを覚えている。俺は寒さよりナマエが気になって、マフラーなんかあってもなくても変わらなかったのだからナマエにマフラーをかけてやれば良かったのにそんな簡単なことさえできなくて、情けないというより申し訳なかった。寒がるナマエに何もできなかったという気持ちが大きかったと思う。

「高校のときを思い出すなぁ」

 ココアの準備をしながらナマエがそう言うからナマエを見ると、ナマエは笑いながら俺を見た。

「寒い寒いって言ってたらドタチンがマフラー貸してくれて」
「……」

 何となく気まずくてすぐ目をそらす。ケトルのお湯が沸騰し始めてこつこつと音を鳴らした。ナマエは猫舌なのでそれに気づくと慌ててケトルのスイッチを切る。そして話を続けた。

「で、静雄はココア奢ってくれた、あったかいやつ」
「…だっけか」
「そうだよ、覚えてないの?」

 覚えてなかった。門田がナマエにマフラーを貸したことは鮮明に覚えてるというのに、こういうことは覚えてないなんてよっぽどあの時俺は後悔したのだと思う。
 ナマエはきょとんとした俺を見て笑い、ケトルのお湯をマグカップへと緩やかに入れた。

「あったかかったなぁ、あれ」

 そうナマエが言うもんだから恥ずかしくて、けれど笑いそうになった。隠すように差し出されたマグカップを掴んで口に含むと、甘くて香りのいいココアが口に広がって安心した。ナマエを見れば懸命にふーふーとココアを冷ましていて、ふと、あぁ、あの時ナマエが猫舌って知ったんだっけか、と思い出す。
 この分だとナマエとのことで忘れてることなんて山ほどあるんだろうなと思った。そりゃ全部が全部覚えれる奴はいねぇけど。そういやあん時、俺とナマエはどんな話をしたんだろうか。
 やっと冷めてきたのか、ナマエは恐る恐るココアを口に含んだ。飲み込んでホッと一息つくと、ナマエのより半分ほど減ったココアを飲む俺を見て可笑しそうに笑う。

「そういえばあの時静雄ほとんど喋んなかったねぇ」


101209

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