カンカンカン!と踏みしめては離し、踏みしめるくせに急げ急げと言っているような走り方で階段を誰かが登ってきた。どうやらだいぶお疲れの様子らしい、俺の恋人ちゃんは。
 ちょうどトイレから出てきて、その音を聞いた俺は玄関に足を向ける。時刻は午後9時過ぎ、トイレに入っている間に新八は帰ったみたいだ、履き物がなかった。
 扉にはナマエのぼやけたシルエットが映っていた、どうやらナマエは呼吸を整えているらしい。呼吸を整えるあたり冷静さが伺えるけれど、恋人なわけだし何かあったのか、と多少の心配はあったので玄関で待ち構えれば、ナマエがガラッと勢いよく扉を開ける。

「銀ちゃ、わあああああ!!」
「落ち着け、ビビりすぎだろ!」

 近所にあらぬ疑いをかけられる、と急いでナマエを中に引っ張り扉を閉めて鍵もかけた。ナマエは「あーびっくりしたー」と心臓を押さえつけながら俺を恨めしそうに見ている。こっちもびっくりしたわ、忙しいんだよお前は全体的に。

「で、どうした」
「あ、そうそう!銀ちゃん!私はすごいことに気づいた!」

 リビングに向かいながら聞けば、興奮し始めたナマエが飛び跳ねるようについてくる。かと思えば近くで寝ている定春に機嫌良さそうに「定春ー!」と抱きついてみたり。酔ってんのかコイツ、と思いながらもソファーに座る。あーあ、俺も飲もうかねぇ。

「定春ご飯いっぱい食べたかーい?散歩行くか?ん?」
「お前何しに来たの!?そして今何時だと思ってんの!?」
「あ、9時だねぇ、びっくりだよね!」
「お前まじで飲んでんの?」
「飲んでない!それどころか何も食べてないんだよ!」
「なんだそれ、定春に飯食ったかなんて聞いてる場合じゃねぇだろ、まだ夕飯残ってっから…」

 それを食べろ、と台所に向かう前に着物をナマエに掴まれた。ちょっとドキッとしたのは秘密だ。

「違うんだよ銀ちゃん!」
「あ?」
「あのね、今日町で偶然銀ちゃんに会ったでしょ?」
「あー」
「でね、私それが嬉しくてそのことずっと考えてて、今度会ったらプチデートにでも誘おうかななんて考えてたの!」
「まじでか」

 可愛いね、お前、という言葉は飲み込んだ。ナマエは早く自分が知ったことを話したい!というウザい目で俺を見てくるが、ナマエの話のオチが俺には想像できなかったので大人しく耳を傾ける。

「そしたらもう9時で!びっくりして!」
「あー、俺のこと考えてたら時間が過ぎるの早いって?」
「そうじゃないの!それは知ってたの!違うんだよ銀ちゃん!」

 今この子「それは知ってた」って言ったよね、何この子本当に可愛いんだけど、必死みたいだからそこを突っ込むのはやめとくけど可愛いだろ、夜なわけだしムラッときちゃうだろ。

「私ご飯食べてないんだよ!」
「…は?」

 それは聞いた、っつうか、は?要するに俺のことを考えてたら時間が過ぎるのが早くて、気づいたら飯を食うタイミングを逃したっつうことか?

「それがダイエットになるって気づいたのか?」
「違っ、いや、違くないけどそうじゃなくて!銀ちゃん分かんないの!?」
「うん、ごめん、銀ちゃんお前の考えることがほとんど分からん」

 もう!とナマエは俺の着物を両手で引っ張るもんだから少し傾いた。そしてナマエは俺を真っ直ぐ見上げて言い放つ。

「幸せでお腹がふくれるんだよ!」

 真面目な顔なのに可愛く見えて仕方がない、誰かがコイツを欲しいと言っても離さない自信が俺にはあると思った。ね、すごくね!?とナマエは興奮が覚めない様子で言う。

「だからさ、銀ちゃんと会えば会うほど私は痩せて、もっと可愛くなっちゃうかもよ!?」

 もうお前は十分可愛いよ、という意味を含めてナマエの頭を撫でたらナマエは幸せそうに笑った。

「食費が浮けば生活も楽になるかもなぁ」
「あ、そうだね!一石三鳥!」
「じゃあナマエ、一緒に住むか」
「…へっ?」

 俺がそう言えば、ナマエは素っ頓狂な声を出してまん丸い目で俺を見た。今まで興奮していたやつが急に大人しくなる様がまた可愛くて笑い、もっともらしく言ってやる。

「お前が来れば俺とお前の食費が少し浮いて、そんな幸せな俺たちを見てあいつらも幸せになって我が家の生活は楽になるわけだ、つまりお前に我が家の生活がかかっている」
「えっ、ちょ、銀ちゃっ」
「ナマエちゃんは俺を救ってくんねーの?」
「違うよ!び、びっくりして」

 ナマエはそう言いながら真っ赤な顔を手で隠し、そのうち笑い始めた。そんなナマエの頭を撫でて俺も笑う。幸せで腹はふくれないという言葉を聞いたことがあったが、そいつは本当の幸せを知らないに違いない、「なぁナマエ、今日の夕飯が残ってる理由知ってるか」と言えばナマエは可笑しそうに笑った。


101209

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