誕生日前日だというのに銀ちゃんは仕事で、しかもお昼頃に「遅くなるわ」という電話が来た。その電話通り、日付が銀ちゃんの誕生日になって二時間経っても銀ちゃんは帰って来なかった。実は銀ちゃんの居場所は知っている、下のお登勢さんのお店だ。11時頃に「長谷川さんと飲みに来てるけど」とお登勢さんから電話が来たのだ。確かに電話の向こうでは銀ちゃんと長谷川さんが騒いでる声が聞こえた。楽しそうだったからもういいや、と思ってお登勢さんにお礼を言ってから電話を切った。そして三時間が経っている。そろそろ帰って来るだろうと思うけれど、階段を上る音はしない。
 怒ってはなかった。ただ銀ちゃんに誕生日おめでとう、生まれてきてくれありがとうと言いたいだけだった。

 仕事の途中で長谷川さんに会って「明日誕生日だろ?奢るから飲もうぜ!」と誘われたからナマエに電話した。あいつのことだから俺が帰るまで起きてそうだったからだ。「寝てていいから」とは言わなかった。帰ってからナマエが寝てるのは何となく、寂しいと思う。日付が変わってから帰るかも知れないが、それならそれでナマエと少しでも話したりしたかった。わがままだとは思うが、それくらい好きだ。誰にも言わねえけど。
 至る所で至る奴らに前夜祭だと祝われ、案の定日付が変わりそうなくらい盛り上がり、ババアの店で三件目になった。ババアは俺の顔を見るなり「あんた、ナマエのことも考えておやりよ」と言う。バカヤロー、俺はあいつのことしか考えてねぇよと言う前に長谷川さんが「まぁまぁ、今日は前夜祭だし日付変わる前に帰すから!」と言って席に座った。途中でババアが電話をしていたからナマエだと思う。無理して起きていて欲しくはないが、寝てしまってたら寂しいと矛盾した気持ちを酒で誤魔化した。
 日付が変わり、店の中はますます盛り上がる。ババアが珍しく酒を奢ってくれたから飲まない訳にはいかない。気づいたら二時を過ぎていた。

 下が盛り上がっていることが嬉しかった。銀ちゃんのためにたくさんの人が集まって盛り上がって祝ってくれている。日付が変わった瞬間の盛り上がりは特にすごくて、笑ってしまった。
 二時を過ぎて少しすると、外から叫び声が聞こえた。おめでとーやら聞こえるからもうお開きなのだろうか、と思って耳を澄ます。しばらくすると階段がカンカンと音を鳴らした。銀ちゃんだ、と言いようもない緊張感と幸せが体中を走って疼いた。

 外に出て家を見上げると、玄関の電気は点いてないものの居間の電気が点いているような気がした。俺の視線に気づいたババアが「あんたもう帰りな。あいつらには私が何とか言っとくから」と言うから「おう、クソババア」と返した。
 階段をあがる途中、何故だかアルコールが汗になって出てるんじゃないかと思うくらい汗が出て酔いが覚めていった。電気が点いてるだけでナマエは寝てるかもしれない、と思いながらどこかで期待している自分がいる。

 重い女かもしれない。銀ちゃんみたいな飄々と自由な人にとって、こんな私は重いのかもしれない。そう何度か思った。けれど、私が銀ちゃんに言いたい言葉は寝てからじゃ意味を持たない気がするのだ。これは私の持論でしかないけれど、そう思うのだ。そんな意味を持たない言葉を大好きな銀ちゃんに投げかけたくない。
 玄関がガラッと開いて、銀ちゃんが「たでーま」と言った。酔ってないみたいな声で少し不思議に思ったけど「おかえりー」と返す。早く会いたい、早く銀ちゃんに言葉を伝えたい。

 ナマエの声は穏やかだった。ナマエが怒ってるかもしれないとは少しだけ思った。ナマエのことは大切に思ってるし愛しいけど、それが伝わってない上にそれをあまり行動に移さない俺を怒ってるかもしれない、と。ナマエが愛しくて祝って欲しいなら飲まずにさっさと帰ればいいんだ、なのに何故か俺はそれができない。情けねぇし馬鹿みたいだけど。だからホッとする。ホッとしたと同時に、おかえりと言ってくれる人間がいるということを改めて嬉しく思った。
 居間への扉を開くと、ナマエがまた「おかえり」と笑った。口の端が上がってしまう。

 おかえり、と改めて言ったら銀ちゃんは笑ってくれた。嬉しくて更に笑ってしまってつい口を隠す。ソファーから立ち上がって銀ちゃんに向かい、頭を下げた。「誕生日おめでとう、生まれてきてくれてありがとう銀ちゃん」と言ってから顔を上げると体当たりするみたいに銀ちゃんが私に向かってきて、私が倒れないようにするみたいに抱きしめた。ぎゅう、と力強い銀ちゃんからはお酒の匂いがしたけれど仄かに銀ちゃんのいつもの香りがして嬉しくなった。私のために帰って来てくれたみたいだと何故か思ってしまう。

 ナマエの言葉に言う言葉が咄嗟に見つからないわ何かに頭が爆発しそうだわでとりあえず力任せに抱き締めてみた。ナマエが嬉しそうに少し笑って腕を回してくれるのが嬉しい。
 なんかもう幸せって何だっけって分からなくなるくらい嬉しかった。説明できねぇ幸せって幸せだなオイ、ナマエ、恥ずかしいから言わねえけど。
 ナマエの誕生日には俺が同じ台詞を言ってやろうと心の中で誓った。結野アナじゃなくてナマエに誓った。「生まれてきて良かったわ」とナマエに言ったら「私も」と返ってきた。ナマエには勝てねえな、と嬉しく思った。


101010
誕生日おめでとう!

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