「私、政治家になる」
「…え?」

 ナマエが初めて俺の病室に来た日、真っ赤な目と鼻を俺に向けて泣きながらナマエは真面目にそう言った。まだ涙は止まらないらしく、何度も何度もタオルで目を拭っている。俺のために泣くナマエを改めて愛しく感じつつ可愛いと思っていた俺は、ナマエの突拍子もない言葉に少し固まった。さっきまで「ゆきむらくん、ゆきむらくんんんん」と何を言えばいいか分からないと言わんばかりに呟いていた人間が言う言葉とは思えなかったからだ。
 ナマエが再びタオルに顔を埋めたから俺は少し笑って静かにナマエの頭を撫でた。

「政治家になるんだ?」
「な、なるよ」

 ナマエは急に触れた俺の手に少しびっくりしながらそう答えた。そんなナマエにまた笑い、ゆっくり頭を撫でる。ナマエはまた溢れんばかりの涙を溜めた瞳で俺を見つめた。

「どうして?」
「政治家になって、そーり大臣になって、テニスの試合を幸村くんが完治するまで延長させる」
「え?」
「ゆきむらくん、から、テニスを取らないで、欲し、い」

 ナマエはまた泣き出した。俺はすごく驚いて、とても驚いて、思わずナマエの頭を撫でていた手を引っ込めてしまった。ナマエはそれを気にもせず必死に涙を拭いながら「せいじかになるの」とまた呟く。どこか痛々しくて、また頭を撫でてあげたかったけど何故か出来なかった。意味の分からない罪悪感だった。

「ナマエ、泣かないで」
「ご、ごめっ…」
「謝らないでいいよ」
「だって、わたし、」
「ありがとう。ナマエが総理大臣になったらお願いしたいけど、残念ながらナマエの学力じゃ総理大臣は無理だよ」
「ゆきむらくん、いじわるだよ、なるもん」
「総理大臣ってどういう漢字で書くのか知ってるの?」
「…これから勉強するし」
「ナマエ、あのね」
「だって」
「ん?」
「ゆきむらくんはテニスが好き、じゃん、か」

 ナマエの瞳からポロポロと涙が落ちた。何かを懇願するようにナマエは俺を見つめて、俺を何かから守るように俺の手を握った。きっと気持ちだけで総理大臣になれるのならナマエはすぐになれるだろうと思わずにはいられない。
 真っ赤な目がうるうると瞳を輝かせて、不謹慎だけど綺麗だと思う。花にあげた水が、日の光に照らされるとこんな風に綺麗に光ると彼女は知っているだろうか。

「ナマエのことも好きだよ」

 そう言って抱き締めた。多分だけど、泣きそうな自分の顔を見られたくなかったからだ。俺だって総理大臣なってナマエに全てをあげたいよ、日本も世界も全部ナマエにあげたいよ。

100913

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