幼なじみと言っても謙也のことを全て知っているわけではない。もちろん何歳でおねしょ治ったとか、何歳でお母さんとお風呂に入らなくなったとか、何歳で初めての彼女ができたとか、そういうことはエピソードも加えて言うことができる。でもテニスをしてるときの謙也を、私は知らない。
 私は謙也の家のお父さんとお母さんとも仲がいいし、家にだって普通に出入りできる。だけど家族ではないから謙也のテニスの試合にわざわざ見に行ったりしないし、練習なんか以ての外だ。
 中学生になり、私は女子校に入学した。同じ学校じゃなければこんなにも謙也に会わなくなるのかと思うくらい謙也に会わなくなり、中一の中盤に久しぶりに会った謙也は幾分か背が伸びていた。少しだけでも見上げるのが悔しくて私は目を合わせなかった。次に会ったのは中学二年になりたてで、悔しがるのが馬鹿らしくなるくらい背が伸びていたので仕方なく見上げたら謙也は昔とほとんど変わらない笑顔で笑った。

「ナマエ、背ぇ縮んだんとちゃうか?」
「腹が殴りやすうなったなぁ謙也!」
「ぐほ!」

 ちょうど力を込めやすいところに謙也の腹があったから殴ってやると、謙也は腹を押さえて呻く。謙也の声は低くなっていた。呻いていたからとかではなく、声変わりだった。
 どうして謙也ばかりが変わっていくのだろうか。私は中一で身長が止まった。胸は少し大きくなったけれど、他は何も変わってないように思う。声だって変わってない。
 中三になった。謙也の身長はまた伸びていた。声は知らない人のようだった。テニス部のレギュラーになっていた。全国大会に出るとかで、うちの家族までテンションが上がって東京まで見に行った。そこで私は初めて彼がテニスをしている姿を見たのである。
 本当に知らない人のようだった。謙也があんなに真剣な顔をしていることなんてほとんど見たことがなかったのだ。しかも、脱色なんかしたりして外見的にも私がよく知っている謙也ではなかった。点が入って「っしゃあ!」と叫ぶ声さえ低く、私の知っている謙也ではない。

「すまん、負けてもうた」

 そう言って帰ってきた謙也は何故か笑顔だった。学校があるし準決勝は東京では見れなかった。謙也は出るはずだったが友達に出番を譲ったらしい。それで負けたというのにこの笑顔だ。謙也らしいっちゃあ謙也らしい。

「すまんって何で謝るん。負けたん知っとるし」
「せっかく応援来てもろーたのに」
「その負けた準決勝見られへんやったから謝られる筋合いないわ。それに、嫌々行ったんちゃうし」
「何や今日優しいなお前」

 自分でも少しそう思ったが、謙也を労らずにはいられなかった。中学が違うしテニスをしている謙也を今まで見たことがなかったし謙也がどれだけ頑張ってきたかは知らないけれど、謙也は頑張っていたはずだ。それを労らずにはいられなかったのだ。

「昔から優しいやろ私は」
「よう言うわ、俺の方が優しい」
「いや私や」
「俺や」
「小学生かアンタは」
「お前が言い出したんやろ!」
「ほな私は大人やからもう口喧嘩やめるわ」
「あ、何やねんズルいでソレ」

 謙也は笑い、私の頭を少し小突いた。しかも頭のてっぺんだ、こんなにも簡単に頭のてっぺんを謙也に小突かれるのは初めてだ。

「で、どないやった?俺のテニスは」
「足早なったなぁ謙也」
「昔からやっちゅーねん」

 また笑う。こんな会話は小学生のころからしていたけれど、どうにも謙也じゃない誰かとしているようで違和感があった。
 いや、謙也なんやけど。謙也と目が合うと謙也は何やねんと喧嘩腰にそう言った。不満そうな顔も昔からよく見ていたのに、誰やこれ、いや謙也なんやけど、っちゅーか、

「謙也てかっこよかったんやな」

 気がつくとそうつぶやいていた。まさに心の声、うっかりしすぎていた。謙也は一瞬驚き、焦り始める。「お前がそんなん言うとか…」と言うので何となく腹が立って目をそらした。

「っちゅーか顔真っ赤やで、可愛えやっちゃな」

 ほんま誰やねんお前。いや、謙也なんやけど。謙也のくせにかっこええし爽やかやし腹立つわ、可愛くなんかないっちゅーねん。
 「可愛くなんかないわ」と言えば「いや可愛くなったで、お前」と返ってきた。ばしん!と背中を叩くと「おっまえ、馬鹿力に磨きがかかっとるな!」と叫ばれる。
 あ、なんや、私も変わってるんやな。
 私は謙也に置いてかれるんが嫌やっただけだ。けれどどうやら私も変わってるようで、何だかホッとした。
 謙也に置いてかれるんは嫌やな、対等に、隣で歩いて行きたい。
 …ん?何や恋してるみたいなセリフやな。

「いやいや、ないわ」
「独り言言うてたら禿げるで」
「ほんま憎たらしい」


100905

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