空になったチューハイの缶をぼんやり数えたら五本だった。飲みすぎた、と思うと同時に手足から倦怠感が全身に回って目を閉じる。トイレに行きたいけど動きたくない、寝たくないけど目を開きたくない、もうこのまま死んでしまえばいいのに。どこもかしこも重くと、そこが重力に負けてドロッと溶けてしまわないだろうかと考えた。熱を帯びた体がふわふわして気持ちいい。このまま死ねれば気持ちいい。

 目を覚ますと誰かが缶を落とした音がして眉間にシワを寄せた。頑張って目を開いて見れば、銀ちゃんが私が飲み散らかしたのを片づけていた。

「昨日いつ帰ったの…?」
「2時。あのオッサン、三時間のご休憩で五時間も居座りやがった。見かけによらねぇな、精力は」
「…」

 あ、そうか、なかなか帰らないと思ったら昨日は浮気調査だったか。三本目を開けた時点で「銀ちゃんが帰るまで飲み続けよう」と思っていたのにすっかり忘れて寝てしまった。

「っつーかナマエちゃん、飲みすぎじゃあないかね」
「ん…」
「大丈夫か?吐くならトイレ行けよ。ったく、酒は飲んでも飲まれるなっていっつも銀さん言ってんのによぉ」
「お前に言われたくねーよ…」

 上体を起こして銀ちゃんを睨みつければ、頭がふらりと大きく揺れてまたソファーに倒れた。銀ちゃんは潰した缶をテーブルに置いて、私に覆い被さるようにして声をかける。

「おい、大丈夫か?」
「…お酒で溶けて死ぬかと思った…」
「あぁ?」
「思わない?そういうこと」
「お前酒弱ぇんだよ、もう飲むな」

 厳しい言い方だったけれど言いながら銀ちゃんは優しく私の頭を撫でた。もう飲むなと言われても私はあの快感を忘れられないだろうし我慢できないだろう。意識までドロドロになるギリギリのところで眠りに落ちるあの瞬間は何にも似ていない、何にも代えられない。

「銀ちゃんだってドロドロになるまで酔うくせに」
「酒で死ぬなんざ馬鹿らしーだろ」
「でもそれくらい気持ちよかったんだよ」
「俺とのエッチくらい?」
「種類が違うよ」
「じゃあ酒飲んでヤったらどうなんだ?」

 銀ちゃんがニヤニヤしながらテーブルに座ってそう聞くから眉間にシワを寄せてやった。
 どうしてこんな話になったのか。

「それこそ死んじゃうんじゃない?」

 嫌みを込めてそう言えば、私を見ていたニヤニヤしていた表情が変わった。真剣な、どこか切なそうな顔で、私を触ろうとした腕が行き場を失ったように宙でふらふら揺れた後、銀ちゃんの頭にいった。自嘲したような表情で頭をかく銀ちゃんに目の奥が急にゆらゆらして、思わず上半身を起こしたら銀ちゃんがつぶやいた。

「酒、やめろよ」

 どうしてこんな話になったのか。
 銀ちゃんの方がお酒をやめるべきだ、銀ちゃんこそお酒で死にそうなのに、私を置いて死なれるのは嫌だよ、銀ちゃんお酒やめて、ただでさえ糖尿病寸前でギャグにしてるけど私不安なんだよ、飲みすぎて他の女の人と過ちがあったり、事故ったり、そんなの絶対嫌だ、お酒をやめて銀ちゃん、といろいろ言いたいことはあったけれど頷くしかなかった。銀ちゃんは私にいかにも悪ィな、という表情で笑った。私にはお酒をやめろと言っておきながらきっと自分はお酒を飲み続けるに違いない。ずるいけれど怒れなかった。銀ちゃんがその顔をやめてくれるなら、私は何でもするだろう。

100827

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