幼い頃憧れた選手が戻って来たときにはそれはもう感動して興奮した。ETUのフロントとして挨拶に行くと、彼は少し老けてはいたけれどほとんど変わってなくて懐かしさのあまりに意味もなく泣きそうになったものだ。涙目の私を見て、達海さんは言った。

「何?どったの?」
「す、すいません、なんか感動して…」
「ナマエも達海さんの現役時代からのファンなのよ」
「あ、そうなの。そりゃどーも」

 有里の説明にそう言うと、達海さんは頬をかきながら私に笑った。

「もうただのオッサンだけどね〜」

 その顔を見て思わずドキッとしてしまった。有名人と会ってるんだから当たり前かもしれないけれど、顔が赤くなってまるで恋をしているみたいで恥ずかしくなった。達海さんが「ま、よろしく」と手を差し伸べたから私もそれに応える。握った手は大きくて暖かく、彼はただの男の人だと思った。当たり前のことだけれど、有名人だしどこか違う世界の人のように思えていたのだ。けれど違う、言ってしまえばそこらへんにいる男性と何ら変わりがないのだ。見上げた彼は幼い頃憧れた彼なのに、どうにもあの頃の感情とは違う気がしてならないと感じた。

 達海さんはたまにふらふらといなくなる。有里と手分けして探していると、屋上へと掛けられた梯子を見つけてまさかとは思いながらも登ってみた。屋上に顔を出すと案の定達海さんはいて、昼寝をしているのか寝転がっている。

「達海さんっ」
「あ〜?ナマエ〜?」
「探しましたよ、練習の時間ですっ」
「まぁまぁ、来てみ。いい天気だぞ〜」
「達海さん!」
「お、飛行機」
「…」

 これは引っ張ってでも連れて行くしかない、と私は屋上に足をつけた。同時にバランスを崩し、足をかけていた梯子を引っかけてしまう。すぐに梯子が落ちた音がして達海さんは少し体を起こすと楽しそうに「あ〜あ」と言った。なんてこった。

「どうしよう…」
「ま、そのうち誰かが気づくでしょ」
「そのうちって、もうすぐで練習始まるんですよ?」
「大丈夫大丈夫」

 軽く言いながらまた寝転がる達海さんにため息をつき、私は達海さんの隣に座った。日差しは強いけれど風が気持ちよくて、いつもとは違う角度でグラウンドが見渡せるもんだから思わず笑みがこぼれた。なぜだか昔から、グラウンドを見渡すとやたらドキドキしてしまう。試合で何度もドキドキしたからその名残かもしれない。昔はよく達海さんのプレーに頭が痛くなるほど興奮したものだ。小さな私にとってのスーパースターが今隣で昼寝をしていると思うと何とも不思議だ。

「なーに笑ってんの」

 いつの間にか体を起こした達海さんがそう聞く。こんなに近くで達海さんと話せるなんて、小さい頃の私は想像もしなかっただろう。

「なんか、達海さんとこんなことしてるのが不思議だなって」
「は?」
「だって小さい頃から私にとって達海さんはスーパースターだったんですよ?」
「ふぅん」
「本当に不思議」
「不思議不思議って、そうでもないでしょ。俺なんかただのオッサンだって」

 達海さんは初めて会ったときと同じことを言うと、大きく欠伸をした。確かに普段こうしてるのはそこらへんの男性とは何ら変わりはないのだ。そう思うと、急に胸がきゅうっとした。ここにいるのは不思議じゃない、彼はただの男の人だ。低い声も喉仏も大きな手も、女の私とは違う。

「どうした?」
「…なんか変です」
「何が」
「ドキドキします」
「何で?俺がお前のスーパースターだから?」

 達海さんはニヤリと笑った。静かに首を横に振ると、達海さんの大きな手が私の手と重なった。驚いていると顔が近づいて、唇を塞がれる。思わず息を止めたら達海さんはフッと笑って離れた。真っ赤な顔をした私をからかうように笑うと、達海さんは自分の手を重ねた私の手を握る。

「俺はただの男だよ」

 もう一度顔が近づいてきたから身構えたら、下から「こらー!いるんでしょ達海さーん!」と有里の声が聞こえて達海さんの動きが止まった。げっ、という顔に思わず笑ったら頬にキスをされる。顔に熱が集まってとっさにキスをされたところを押さえると今度は達海さんがニヤッと笑った。
 彼は立ち上がって梯子がかかる様子を見に行った。その背中が広くて、またドキリとしてしまう。恋をした、ただの男性に。

100816

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