銀さんはいつも以上に死んだ魚のような目をしていた。飢えた神楽ちゃんを連れてスナックにやってきた銀さんにパフェを作って目の前に置けば、ぼんやりしながらスプーンを掴んで口に運んでいく。神楽ちゃんにはお登勢さんが漬け物とご飯を差し出していた。

「アンタいつも以上に死んだ魚の目ェしてるけど大丈夫かい?」

 私と同じ感想を持ったお登勢さんがそう問い、私も軽く頷きながら銀さんを見た。銀さんは眉間にシワを寄せて「いつも沼みたいな顔してるアンタに言われたくねぇよ」と言う。「んだと天パコルァ!!」とお登勢さんが怒るからなだめ、続けた。

「今月厳しいんですか?」
「まぁな。…神楽も入院したしよ」

 何を押し付けるようでもなく、銀さんはそう言う。何度もいろんなことで大怪我をしている銀さんだが、今回は神楽ちゃんまで入院した。何があったのかはお登勢さんからぼんやりとしか教えて貰ってないから軽はずみなことが言えなくて黙ってしまう。
 するとご飯を五合ほど平らげた神楽ちゃんが「遊んでくるネ!」と元気に店を出て行った。「おー」と銀さんが答え、お登勢さんがため息をつきながら言う。

「銀時、家は片づいてんのかい」
「片づいてるわけねーだろ、新八もまだ怪我が治りきってねぇんだからよ。あいつぐらいだぜ、もう走り回れるの」
「ったく…ナマエ、私ゃちょっと上片づいてくるからコイツのこと頼んだよ」
「あ、はい」
「オイ余計なことすんじゃねーぞババア」
「ついでにへそくりからでも家賃とってくるよ」
「ハッ、うちにそんなもんあるわけねぇだろ、もう塩しかねぇんだようちは」
「はいはい」

 ガラガラピシャン。店には二人きりになり、急に静かになった。銀さんは相変わらず何も考えてないようにパフェを食べている。

 似たようなことが以前にもあったことを思い出した。
 ある日、昼間に掃除をしているとお妙さんがやってきて私に封筒を渡した。

「慰謝料ですって。新ちゃんも私もこんなもの受け取れませんって言ったんだけど…。銀さんに返しといてくれるかしら、お登勢さんが渡せば返せると思って」
「お登勢さんは今週ちょっといなくて…」
「じゃあナマエにお願いしていい?」
「あ…はい、努力します」
「ありがとう」

 明らかに疲れた表情をしたお妙さんは綺麗に笑った。新八くんの看病やらで疲れているのだろうに本当に綺麗に笑うからとても強く見えて尊敬した。
 夜、お登勢さんがいないうちに食料をたかりにきた銀さんにお金の入った封筒を渡した。銀さんはそれをしばらくぼんやり見てつぶやいた。

「お妙か」
「…はい、受け取れませんって」
「…」

 封筒から一枚のお札を取り出した銀さんは着流しに封筒を入れ、私にパフェを作るように言った。同時に私にお札を差し出す。戸惑っていると銀さんは「ツケの分も」と付け加えた。こんな一枚じゃ清算できないツケだけれど私は静かにそれを受け取る。
 自分への慰謝料とでも言うようにパフェを食べる銀さんを見て、私は何故だかとても胸が痛くなった。彼は今、何を考えているのだろうか、と。

 今も胸が痛かった。彼は何を考えているのだろうか。自分も神楽ちゃんも新八くんも入院して、きっと入院するきっかけとなった騒動だってお金にならなかっただろうに。お金云々関係なく銀さんが首を突っ込んだとは少し想像がついた。彼はそのことについては後悔していないだろう。これはあくまでも私の予想だけれど彼は神楽ちゃんや新八くんにまで怪我をさせたことに罪悪感を感じているのではないかと思う。自分だって傷ついたくせに、今だって多分自分のことではなく誰かのことを考えているに違いない。
 胸がじんじんと痛くなった。パフェをぼんやり食べ続ける銀さんを見て、銀さんが自分のことを考えないのなら私が銀さんのことをずっとたくさんもっとたくさん考えようと思った。それでどうにかなるものでもないけれど、いつか銀さんの考えることが分かるようになって彼を支えることができればとても嬉しいことだと思う。何故かは分からなかったけど、そう考えたら涙が出た。
 静かに泣き始めた私に銀さんは驚いて「え、何?どうした?」と立ち上がる。

「すいませ…」
「大丈夫か?」

 小さく首を横に振ると、銀さんは私の頭を優しく撫でた。どうしてこの人はこんなに優しいのだろうと悲しくなるくらい優しく撫でるからまたポロポロと涙が落ちる。

「銀さんが…」
「は?俺?」
「銀さんが、私を傷つけました」
「ちょ、いつ?俺が?」
「銀さんが傷つくから私が傷つくんです」

 言い終わるとまた涙が溢れ出た。もう汚い泣き顔にしかならなくて手で自分の顔を覆ったら、銀さんに抱きしめられた。
 びっくりして恥ずかしくて焦った。でも安心感がとても気持ち良くてまた泣けた。銀さんが抱きしめてくれたという嬉しさと混ざって体がどんどん熱くなって動悸が激しくなる。

「銀さ、」
「…悪ィ」

 何が「悪い」のか。やっぱり彼はどこまでも優しい。銀さんに出来る限りくっついて、出来る限り息を吸い込む。

「慰謝料ください」

 そう言うと彼は耳元で笑った。そして私を強く抱きしめたまま言う。

「俺んち塩しかねぇよ」

 何かの雫が頬に落ちた。舐めると塩味がする、もう慰謝料を払われた。震える銀さんの考えることは分からない。キスをするとまた塩味だ。
 彼が傷ついて私が傷ついて、そしたら彼が泣いて慰謝料が払われる。何度も何度もループしていけばいいと思った。何があってもいつになっても彼の優しさは変わらないに違いないのだ。

100522

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