池袋は狭すぎる、と私は池袋を責めたくなった。しかし責めたくても池袋には人格はないし、ただの私のエゴでしかないから責めることはできない、責めたって変わらない。
 私は人ごみの中からこっそりと静雄の派手な金髪頭を見た。距離は40メートルほどだが、最早切羽詰まった私は緊張しすぎて息を潜めたいのに潜めれない状態だった。静雄は人相の悪い顔でキョロキョロと誰かを探している。いや、私を探してるんだけど。
 どうしよう。
 もし私が静雄に背を向けて逃げて、その途中に静雄に見つかってしまえば一環の終わりだ。反対にもし私が静雄のいる方向に向かって行けばそれほど見つかりやすくなるし、もちろん逃げることなんかできない。かと言ってこのまま膠着状態のままでいるのも危険だろう。
 どうしよう。
 何回シミュレーションしても悪い方向にしかいかない。
 どうしよう。
 こんな時の臨也くんだろうか。いや、静雄の怒りを増長させるだけだ。サイモンに匿ってもらう?いや、仕事中だろうから邪魔はできない。あ、セルティだ、セルティにしよう!私は素早く携帯を取り出して、セルティにメールを打つ。間違えまくって何度も消しては何度も書くが、なかなか思った通りに文が書けなくて泣きそうになった。セルティにメールすればセルティは黒バイクですぐに私を遠くへ連れて行ってくれるだろう。なのにその一つの動作だけができなくてもどかしい。早くしないと静雄に見つかってしまうというのに!

「あらナマエ!」
「何やってんすかー?」
「げっ、ちょ、静かにして!」
「お、尾行中ッスか?」
「違う、静雄から逃げてんの」
「どうして?」
「あー…えっと、あれ、ちょっと、ね」

 二人から目をそらして静雄に目を向けると、何だかさっきより遠くに行ったような気がしてちょっと気持ちが楽になった。
 今のうちにメールを打とうとしたが、二人がちょいちょい話してきて集中できない。文句を言おうと二人に目を向けると二人は「あっ」という顔をして私の向こうに視線やった。恐れていた声が聞こえる。

「お前ら!ナマエ捕まえろ!」
「うわぁ!」
「くそッ!ナマエ!」

 静雄の叫び声から逃れ、二人の間をすり抜ける。二人はまた呪文みたいに「ラブコメッスか!?」とか「逆なら萌えたかも」とか言っている。まったく役に立たない奴らだと私は涙目になりながら走る。静雄の足ならすぐに捕まってしまうと分かっていても走る。
 そんな中、前方に女神のような姿が見えて元からドキドキしていた心臓は更に跳ね上がって息が詰まりそうになった。セルティと臨也が仕事なのか、話し込んでいたのだ。これは神様が私にチャンスを与えてくれたのだと思う。勝利を確信した私の胸は踊るように高鳴り、それに気づいたようにセルティが私に気づいた。あぁ、神様は本当にいるのだ!セルティに乗せて貰えば高確率で逃げれる上に静雄は臨也を殺すことに気を取られて大いに時間稼ぎになるに違いない。

「セルティ!乗せて!逃げて!」
「やあナマエ」

 臨也が私を見て笑い、セルティはひょいっと黒バイクに跨った私に驚いてPDAで何かを言おうとしたけれど後方から低い低い静雄の声がして私をパッと見た。私の置かれている状態に気づいたらしい。

「げ、シズちゃん」
「手前、池袋に来るなって」

 静雄が臨也に向かっていつも通りのセリフを投げかける瞬間、馬のような嘶きを響かせて黒バイクが発信する。静雄は「しまった!」という顔をするが、遅い。黒バイクは伝説のごとく飛び上がった。まぁ伝説なんだけども。


 セルティたちのマンションに匿って貰うことにし、リビングの気持ちいいソファーに座ると新羅がコーヒーを出してくれた。極々普通のコーヒーだ。いい豆なのか、香ばしくてパンが食べたくなる。

「…何も入ってないよね?」
「入れたいのは山々だけど、そんなことしたらセルティにも静雄にも殺されるからね」
『で、何で静雄に追われていたんだ?』

 コーヒーを飲もうとしていた私は動作を止め、唇だけをコーヒーにつけた。視線を天井に移し、コーヒーをテーブルに置いてため息を一つだけつく。やっと落ち着いたような気がした。そしてことの発端であるさっきのことを思い出して気が滅入った。それはもう滅入った。

「やっちゃったよ〜」

 頭を抱える私にセルティは焦りながら『大丈夫か!?』と言ってくれる。新羅は興味ないし関係ないし、という感じでパソコンをしてるから殴りたくなった。
 私は顔を上げてセルティを見て、頼りになる友人に思い切って相談することにした。その瞬間、轟音がリビングに響いて心臓が警鐘のように暴れ始めた。新羅がため息をつきながら玄関に向かう。
 やばい、この感じは、

「おい新羅!!」
「静雄、ドアを破壊しないでくれるかい?…ドアというより玄関かな」
「セルティは?」
「いないけど?」

 どうやら静雄はかなり怒ってるらしい。ドアどころか玄関も破壊したってどんだけだよ。玄関の方を向く私にセルティが手を握ってくれる。なんていい友人なんだろうか、その恋人の新羅も何気にいいやつだ、ありがとう新羅!

「靴あるじゃねぇかナマエのも!」

 前言撤回だ、まったく役に立たない。むしろ怒りヒートアップ?
 また轟音がして新羅の「うわぁ!ドアが!」という叫び声が聞こえた。どうやら八つ当たりをしたらしい。怖い。逃げる暇もなくドアが壊れて、静雄がリビングに現れた。また新羅が「うわぁ!ドアが!」と叫ぶ。

「なんと言うことでしょう、新羅の家が吹き抜けの素敵な家に…」
『落ち着けナマエ!』
「ナマエ…」
「は、はい…」

 静雄が一歩近づいてくるから逃げ場はないけどつい後ずさってしまった。

「何で逃げやがった」
「だ、だって、あの、」

 睨む静雄に怯える私。そんなことよりドアが、とでも言うように新羅がセルティに抱きついてまた殴りたくなった。
 そんなことより今この状況をどうするか、ということだ。みるみる涙目になる私に静雄は少し止まり、タイミングよくセルティが静雄と私の間に入ってきた。新羅は鳩尾を抑えて悶えている。セルティはこっちからは見えないけどPDAを静雄に見せた。読んだ静雄は眉を上げる。

「お前には関係ねぇだろ。それに俺は落ち着いてるよ」

 どこが!ツッコミを腹の底に収めて、私はセルティを見守った。他力本願だけどセルティ頑張って!

「だから関係ねぇだろ、お前には」

 同じセリフを繰り返した静雄に私は「ああもうだめだな」と思った。するとセルティが今度は私にPDAを向ける。

『と、とりあえず謝ったらどうだ?』
「あ…う…ごめんなさい…静雄」
「…何で謝る?」

 静雄の言葉にセルティと新羅は「?」という顔をした。そりゃそうだ、ことの発端を彼らは知らないのだから。いや流れで謝った私も悪いけど。
 セルティがまたPDAを向ける。

『原因は何なんだ?』
「あ、あのね…」

 静雄も見ていることもあって、私は顔が赤くなっていくのがわかった。セルティに言うならまだしも新羅もいるし。

「子供が欲しい、って言っちゃったの…」
「…」
『え?子供?』
「いや、あのさ、静雄が自分の力を嫌ってるのは分かってるの、もしかしたら静雄は自分の子供にもその力が受け継がれるんじゃないかって考えてるかもしれないから、ずっと言わなかったの、それに結婚もまだだし、っていうか静雄が結婚するつもりなのかも分かんないし、なんか全部恥ずかしくなっちゃって、思わず逃げたら静雄が真剣に追ってくるから、全力で逃げて…」
「じゃあ静雄は何で追いかけてたの?」
「こいつが逃げるから」
「だろうね」
「ナマエ」
「は、はい!」
「結婚してぇのか?」
「え、や、あの、」
「どっちだ」
「そ、そりゃしたいけど」
「じゃあしよう。子供も作る」
「し、静雄?」
「確かに力が受け継がれるのは怖いよ。でもお前とならいい。どうにかする。だから泣くな」

 気づいたら私は泣いていた。一瞬冷たいと感じたけれど、すぐ暖かいと気づく。静雄がゆっくり私の涙を拭って、あとはめんどくさいとでも言うように袖でごしごしと私の顔をこすった。痛くて静雄の腕を掴んだけどまったく動かなくて力を入れた瞬間に今度は抱き締められて何が起きたかわからなくなった。耳元で静雄が言う。

「結婚しよう」

 また涙が溢れて静雄の大きな胸に顔をうずめた。静雄の心臓の音がする。あぁ、いずれ彼の遺伝子が私のお腹の中で育つのだ。なんて幸せな。なんて思ってたらお腹の辺りがあったかくなってきた。ぬくぬくというより、ちょっと言い表しにくいぬるま湯のようなものが服を染めていく。真っ赤に。

「…他でやってくれないかなぁ。それともこの場合流れに乗って僕らも抱き合っブホ!」
「ししししし静雄!血!血が!」
「あ?あぁ、さっき臨也にやられたやつか。絆創膏貼ったんだけどな」
「いっぱい出てるじゃん!新羅!新羅!」
「わぁ、ほんとだ。下手したら出血死?」
「え!」
「いたたたたセルティ痛い痛い地味に痛い、嘘だって!」
「まだ死ねねぇからな、新羅治療しろ」
「そうだね今から頑張らなきゃね、ベッドで。僕らも頑張いたたたた三人でそんな、いたたたたセルティだけだよ俺をいたたたた!」


100412
なんかすいません…

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