油断していた。
 屯所で考え事をしていたらそれを見た総悟にバズーカでぶっ飛ばされた。いつもなら寸前で気づくが、今回の考え事の内容があまりにも異色だったせいか気づかずに俺は意識を手放した。異色な考え事、色をつけるならピンクだ。

 ガタン、という音と小さな悲鳴に目が覚める。明るい蛍光灯を目が嫌がって眉間にシワを寄せるとナマエが「起きました?」と小さな声で聞いてきた。声のする方に目を向けると、恥ずかしそうに笑ったナマエが「お味噌汁こぼしちゃいました」と言う。さっきの悲鳴はそれか、と判断して体を起こすとあちこちがずきずきと傷んだ。あの野郎、容赦がねぇ。

「大丈夫ですか?」
「あぁ…」

 声を出して、何かが喉につっかえているような違和感を覚えた。何だ、これ。
 ナマエが俺のそばに飯が乗ったお盆を置くと、腹をくすぐるような飯のいい匂いと脳をくすぐるような甘い匂いがした。ナマエの匂いだ。ナマエのことを考えて総悟にやられたのは情けなさすぎるが、結果オーライだと思った。

「食べますか?」
「…いや、いい」

 やっぱり喉に何かがつっかえている。喉というか、胸だろうか。広範囲に変な感じがする。
 気分が悪いんですか?と顔を覗き込んでくるから顔が熱くなりそうですぐさま「そんな感じだ」と返して、これ以上近づかれるのを回避した。形と色のいい唇が少し笑う。艶々しいのはグロスか何かだろうか。男所帯の屯所で働いてる女が着飾っていると、男がいるんだろうと考えてしまう。いや、顔も良ければ気立てもいい彼女に男がいないならそれはそれで周りの男はどこ見てんだとは思うが。ちなみに、総悟にやられたときもこんなことを考えていた。ピンク、彼女の唇の色だ。

「顔色が優れませんよ」

 優れない?そんなわけあるか、今にも赤くなってしまいそうだというのに。たしかにどこが内臓やられたんじゃないかと思うくらい息が詰まるが、顔色は関係ないように思える。言うなればアレだ、ニコチン切れ。
 何かがつっかえている感覚にイライラして、煙草を懐から取り出そうとしたがなかった。それを見たナマエが笑い、煙草を出す。

「ありますよ、煙草。でも一本しかダメですからね」

 医療班に私が怒られますから、とナマエは煙草とライターを俺に渡した。いい女だ。こいつが言うからには本当に一本しか吸えないんだろうが、それでも、タイミングも仕草も心地がいい。煙草をくわえ、先に火をつける。悪いな、と言うといいえ、今日だけですと笑いながらこれまたいい返事が返ってくる。俺も笑い、肺に煙を受け入れる。
 しかし、喉につっかえている何かに邪魔されて煙が行き場をなくしたのか、俺はむせた。急なことにナマエは驚くが、俺はそれにフォローを入れることができるほど余裕はなかった。やべぇな、まじで内臓やられたんじゃねぇのか、苦しい、煙が体内で迷子になっている。
 ナマエは俺の背中をさすり、それでも咳き込む俺を見て「医療班を…」と立ち上がった。咄嗟に俺はナマエの離れていく腕を掴んだ。
 苦しい、喉に何かがつっかえていて、苦しい。無我夢中で吐き出す。

「っ好きだ」

 あ、少しすっきりした。
 ぷは、と息が楽になって大人しく呼吸をした。何だったんだ、今のは。
 呼吸を整えていると、ナマエの腕を掴んでいた俺の手にナマエの手が添えられた。ナマエの顔は真っ赤だ。さっきまでつっかえていた「何か」が栓だったかのように、そこから熱がわき出て顔が熱くなるのが分かる。ピンクの唇が「私も…」と小さく言葉を紡いだ。その言葉に色をつけるならピンクだ。


100222

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