「頭が弱いんだよ、てめぇは」と景吾はいつも私を馬鹿にした。じゃあ景吾は頭が強いのかと聞いたら忍足が「そんなん言うから馬鹿にされるねんで」と笑った。でもこれが私の性格だからしょうがないじゃないか。
 私と景吾はいわゆる昔馴染みだ。私は日本に住んでいたが、父はイギリスに住んでいた。父は景吾のお父さんの友人で、歳の近い私たちは自然とつるむようになったのだ。イギリスに行けば必ず景吾に会っていたくらいだ。中学生になり、景吾は私と同じ氷帝学園に入学した。幼稚舎からの友達である亮や岳人、ジローと共にテニス部に入った私は景吾の入学をそこで知った。入学式では寝ていた私に景吾はその時でさえ「相変わらずだな、馬鹿」と言った。泣きたくなった。
 つまるところ、私は景吾に馬鹿にされ続けてきたのだ。思い返せば彼がイギリスにいたころも馬鹿にされ続けていた。ただ小さな私はこれまた馬鹿だったので馬鹿にされてることに気づかなかったのだ。我ながら馬鹿である。
 景吾は昔から周りに誰かいた。大人にしろ子供にしろ、私よりは何かにつけて上だった。しかも、景吾は一度も彼らを私のようにしつこく「馬鹿」となじらなかった。なじっても一蹴だ。私なんかもう数えきれない。私は景吾に嫌われてるにちがいないんだろう。

「馬鹿って治らないのかな…」

 そう呟くと、馬鹿仲間の岳人が大きな目をぱちくりさせて亮に目を向けた。亮は岳人と目を合わせたあと、私に目を向ける。そして聞いた。

「テスト悪かったのか?」
「珍しいな」
「ううん、テストはいつも通り平均値」
「いいよな、お前は」
「岳人はまた赤点?」
「英語は90越えたけどな」
「すご!」
「テストじゃなきゃどうしたんだよ」

 亮が着替えながら私に声をかけた。ちらりと見て、また岳人に目を向けて、ため息を出す。

「昔っから、景吾に馬鹿馬鹿言われてるからさー。平均より点数取れないし、私馬鹿なんだろーなって」
「その基準だと俺は馬鹿以下か」
「英語はいいじゃん」
「英語以外馬鹿ってことじゃねーか」
「あ、そうなるか」
「馬鹿」
「ほら、岳人にまで言われた」
「馬鹿っつーか、頭が悪いっつーか」
「景吾には頭が弱いって言われた」
「あー、そんな感じ」

 そんな感じって。亮は嘘を言わないから、何となく傷ついた。何となくってのはここが傷つく場面か、私には判断しがたかったからだ。馬鹿だと思う。全部の線が曖昧になっているようで、またため息をついた。いろいろ世の中ってややこしい。

「跡部は頭が悪いやつは嫌いだよな」
「え、やっぱり私嫌われてんの」
「いやお前は頭が弱いだけだろ」
「一緒じゃないの?」
「違うくね?なんか。なぁ」
「俺国語はよくわかんねぇ」
「国語とかじゃなくてニュアンスっつーか…」
「馬鹿の会話みたい」
「間違っちゃねぇだろ」

 岳人が笑う。まぁそうだ。私たちは馬鹿だ。つられて笑ってると、扉が開いて景吾が入ってきた。噂をすればなんとやら。…何だっけ?ハゲ?あ、影だ。

「ナマエ、まだいたのか。仕事あるだろ馬鹿」
「馬鹿馬鹿って…」
「跡部、ナマエが気にするからあんま馬鹿って言うなよ」
「あん?」

 亮は優しい。あれ素だもんね、照れないあたり素だよ。岳人はもう飽きたのか、靴紐を結んだりほどいたりして時間稼ぎだ。早く部活をしろ。あ、私もだ。景吾は私を見たあと、嫌そうなため息をついた。なんか馬鹿にされる予感。

「本気で馬鹿って思ってんなら一緒にいねーよ、馬鹿」
「でも昔から私ばっかり馬鹿にしてたし…」
「跡部家に媚びねぇ馬鹿はお前くらいしかいなかっただけの話だ」
「あー分かる、こいつ昔からそういうの関係なしだもんな」
「俺ら庶民といる方が多かったしな」
「だって、そっちのが楽なんだもん」

 馬鹿、と三重奏で返ってきた。相変わらず傷つきはしない。私は永遠に馬鹿だろう。


100220

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