「え、三週間も連絡とってないの?」

 最初は友達の新しい彼氏の話をしていただけなのだが、だんだん矛先が私に向かってきてしまった。いつどういう経緯で景吾の話になったかは覚えていないが、私がぽろりと三週間連絡をとっていないことを言うと聞いていた友達二人は目を丸くして驚いた。私はそのことをおかしいとは思わないが、彼女たちがそんな反応をする理由は分かる気がする。聞けば、彼女たちは少なくとも三日に一回は恋人と連絡を取っているというのだ。世間一般ではそれが普通なんだろうと私も思う。三日に一回連絡をとりたいというわけでもないが。
 私と景吾は高校時代から付き合っているが、その時から執拗に連絡はとらなかった。学校ではもちろん会っていたし、たまにメールや電話をすれば私は満たされていたからだ。何も不満を言われなかったから、景吾もどちらかと言えば淡白なんだろう。夏休みや冬休みも景吾は忙しかったし、デートもそこまでしていなかった、そう言うとだいたいの人に驚かれる。それでよく続くね、と。
 私、三週間は無理だなぁと友達が呟く。私を馬鹿にするのでも哀れむのでもなく、正直な呟きだった。好きならいつも一緒にいたいし、連絡もとりたい。気持ちは分かるけれど、私はいつも実行しなかった。実行する必要さえないと思っていた。もちろん今も思っている。景吾が私に飽きるとか愛想を尽かすとか考えないこともないけれど、それでもメールや電話をすれば景吾からの淡白で暖かいミルクのような愛を感じれた。それでいい、と思う。
 それでも三週間は今までになく長い期間だった。私も景吾も忙しく、連絡をとる暇がなかったのだ。家に帰っては着信を気にしたけれど来ないから景吾も忙しいのだ、と思って私もレポートやら課題やらに取り組んでいた。景吾はドイツの大学で、会社を継ぐために私よりたくさんのことを学んで、たくさん苦労しているのだと思うと頑張らずにはいられない。ただ、景吾のことだから何事も軽々とこなしているのだろう。愛しくも思えたし、才能への尊敬も才能への嫉妬もする。

 携帯に跡部景吾という文字が浮かんでいる。あとはボタンを押せば、跡部景吾に繋がる。出ないかもしれない。そう思うと少し気が滅入るけれど、私はボタンを押した。無機質なものを慈しむように押す。
 五回のコールのあと、景吾が「よう」といつもの笑みを浮かべたように言った。頬が緩んで、自然に「こんばんは」と言葉が出る。

「珍しいな」
「何が?」
「お前からの電話は」
「そうかな」
「忙しかったんだろ?」
「うん、でももう落ち着いたよ。そっちは?」
「こっちもだいぶ落ち着いたな。まぁ俺にとってはなんてことねぇけどな」
「はは、だろうね」
「あいつらも元気か?」
「うん。サークル行くと懐かしい感じがする。景吾がいないのが寂しいけどね」
「お前が?」
「ジロちゃんが」
「はっ」
「…三週間ぶりだよね」
「あん?」
「連絡とらなかった、し」
「それが?」

 言われて、咄嗟に時計を見た。あり得ない位置に針がいる。どうやら電池が切れたらしい。今は何時なのだろうか。
 前に景吾と電話をして、一体何度あの針が回ったのだろうか。


「…三週間は長いよね」
「そんなの気にする奴だったか?」
「どうだろう、友達に言われたからかな」
「時間が気になるなら毎日でも電話してやるがな」
「ん…」

 景吾の言葉を脳内に入れながら私は止まった時計の針を見た。漠然と思う。時間が、何の意味を成すのだろうか。あの時計の針が、どうして私たちを裂くようなことをするだろうか。するわけがない。関係ないのだから。

「毎日はうざいかな」
「だろうな」

 低め声で景吾が笑う。とりとめのない話をして、「おやすみ」と電話を切ると携帯の時計が10時4分をさしていた。景吾の誕生日、と静かに笑った。


091017

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