熱いんだか寒いんだか分からない。
 布団を蹴り飛ばすと布団がおこした弱い風が鼻をくすぐってくしゃみが出た。寒いな、と布団をかぶれば額の縁の毛穴から汗が滲む。鼻水がたれかけてティッシュに布団の中から手を伸ばしたらまた寒くてくしゃみが出た。あぁ、どうしろと。
 階下でピンポーンとチャイムが鳴った。お母さんがパタパタ歩いて玄関を開け、いつもより一オクターブ高い声で「あら〜」と言うのが聞こえる。誰か来たのだろうか。ティッシュで鼻をかんで、耳をすませるとお母さんが私の名前を会話に出したような気がした。誰かプリントでも届けに来たのかな?「いつもありがとうね」と言う母の声はなんだか媚びているような雰囲気をはらんでいて気持ち悪い。するとお母さんがこれまた高いオクターブで私の名前を呼ぶ。「若くんが来たわよー!」

「えっ」

 思わず呟くと、誰かが階段を上がる音がして急に焦る。
「部屋、分かるよね」
「はい、お邪魔します」

 わ、わ、本当に若だ!若の低い声に汗がふきだして、どうしようどうしようととりあえず髪の毛をなおす。すぐそこまで足音が来て、ドアが軽くノックされた。

「ど、ごほんっ、どうぞ!」
「声」

 そう呟いて少し笑いながら若が私の部屋に入る。咳はしたものの、変な緊張と変な焦りとずっと喋ってなかったせいもあってあり得ないくらい変な声が出てしまった。恥ずかしくて布団をかぶってないのに寒くない。むしろ熱い。そんな私を見て若が「まだ熱があるみたいですね」と真面目に天然なことを言うもんだから何だかさらに恥ずかしくなった。お前のせいだ!と睨むと、若は持っていたコンビニの袋からポカリを取り出して、キャップを開けて、私に渡してくれた。

「熱にはたくさん水分取って汗かいた方がいいですよ」

 熱、もうだいぶ下がったんだけどなぁと心の中で思う。それにしても何だか今日の若はとても優しい。すごく優しい。私が風邪を引いて、弱ってるからだとしても私のためにコンビニに行ってわざわざお見舞いに来てくれるなんて若の愛のほか何ものでもないもんな、幸せ。
 そう思うとまた体が熱くなった気がした。せっかく熱が下がったのに、とポカリを飲む。若はまたコンビニの袋をあさって次は甘そうなケーキを取り出した。若とケーキ、似合わん。凝視してるとそれに気づいた若が少しため息をついて言う。

「…これは向日さんからです」
「あ、そうなの?このゼリーは?」
「忍足さんで、この飴が芥川さん」
「ジロー…せめてのど飴にしてくれないかな、ミルク味って」
「それから、跡部さんから宿題のプリントが」
「いらないいらない。くそ跡部からのはいらない」
「答え付きですよ」
「え、何でみんな珍しく優しいの!どうしたの!私何かした?」
「今日は部活が休みだったんで暇だったんじゃないですか」
「ですよね」

 やっぱり若は若で、優しい若も嬉しかったけどいつもの若で笑ってしまった。
 ベッドに座る私を見て、若は言う。

「寝てた方がいいですよ」
「えーせっかく若が来てるのに」
「すぐ帰るつもりです」
「何で!」
「病人じゃないですか」
「病気のときは人が恋しくなるの!」
「…どうしたらいいんですか?」
「え」

 若が本格的に優しい。いつもなら「そんなこと知りません」とか言うはずなのに。若が真っ直ぐ私を見つめるから久しぶりに若と見つめあった気がしてまた熱が上がる。頭がガンガンするし、考えても考えても考えがまとまらない。熱に浮かされてるってこんなのだろうか、っていうかなんか自分が浮いてるみたいな感覚。やばいな、これ、熱すごいかも、顔やばいかも、若が大好きすぎてしょうがないかも。

「若」
「はい」
「一回私の頭叩いて」
「…」
「いや、そんな「ついに頭がイカれたか」みたいな顔はいいから」
「こんなアホは見たことがないと思っただけです」
「ひど!」
「…撫でるとかじゃないんですか?」
「若、今日優しすぎて気持ち悪いね」
びしっ
「あたっ!」
「お望み通り叩きましたよ」
「チョップは痛いじゃん…」
「文句があるんですか?」
「ある。撫でて」
「…」

 少し不満そうな若が私の頭をゆっくり撫でる。本当はチョップなんか全然痛くなかったし、若も分かってるだろうけど今日の若は優しい。
 あ、でも、若はいつも優しかったな。寒いときに手を握ってくれたり、何だかんだ一緒にいてくれたり、読めない漢字教えてくれたり、いろんなこと話してくれたり。
 優しく撫でる若の手は大きい。知っていたけど、ずっと前から知っていたけど、この手が私のためにポカリを開けたり、チョップをしたり、撫でたり、触ってくれるのがこの上ない幸せだと思う。

「ねぇ若」
「なんですか」
「いつ帰るの?」
「帰ってほしいですか?」
「やだ」
「そうですか」

 若は私を撫でるのを止め、そのまま手を私の手に重ねて顔を近づけた。急に頭がまたクラクラして、私は、とても若が好きだな、とだけ考えることができた。そう言ったら、いつもの若が優しく「馬鹿ですね」と言うからまたクラクラした。好きなんだからしょうがないじゃないか。

091013

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