どうして髪の長いあの子はあんなに自分勝手なんだろう、何で目が大きいあの子はあんなに悪口ばっかり言うんだろう、あの声が大きい先生は嫌い、おどおどしてるあの先生も気に食わない、イライラする。
 もやもやするものが動脈をすごいスピードで流れてるような感覚がしている。動脈から流れるものは静脈へ、そしてまたなんやかんやで動脈へ。循環しているもやもやが気持ち悪い。いや、イライラする。なんだこれ、何でこんなにもやもやイライラするんだろう。
 大きくため息をついて目の前にある自販機のコーヒーを意味もなく睨み付ける。何かに八つ当たりするのは、不本意ながらスカッとするものだ。

「死ね」

 言ってはいけないとは分かってる言葉だけれど、一言そう呟くとだいぶ気持ちが軽くなった。二度目を言う必要はない。

「物騒な独り言じゃのう」

 仁王の声に振り向くと、なぜか左頬が赤くなっている仁王がいた。何で左頬が赤いのかという疑問より聞かれてしまった、という気持ちの方が大きい。
 こんな浅ましくて汚くてガキっぽい独り言を聞かれたなんて、と身体が急に熱くなる。誰にも聞かれたくなかった。誰にも見せたくない部分をこの悪友に見られてしまったのには気まずさがあった。さりげなく仲がいいだけに、気まずい。
 そう感じたのは私だけなのだろうか、仁王は私の横に立って自販機にお金を入れて何を買うか選び始めた。

「たまには炭酸でもいいのう」
「におう」
「なん?」

 呼んだものの、言う言葉は見つからなかった。何で何も言わないのだろうか。意味が分からない。いや、私の方が意味が分からない。何か言って欲しいのか、自分は。仁王に貶してほしいのか、慰めてほしいのか、同情してほしいのか。意味分かんない、イライラする。

「頬っぺたどうしたの?」
「告られて、ふったら殴られた」
「痛そう」
「男から殴られたしのう」
「えっ」
「残念ながら男からは告られとらん。協力しとったらしい」
「何でふるんだよ、的な?」
「ピヨッ、正解」
「うわっ絶対その2人くっつくよね」
「まーくん恋のキューピッドじゃ」
「お疲れ様」
「んで、お前さんは誰を呪ってたんじゃ?」
「…は?」
「死ねって」
「ど、うでもいいじゃん」
「俺?」

 仁王の質問には答えなかった。自販機のボタンが光ったまんまだ。仁王はお金を入れても悩んだままで、何も買ってなかった。早く買ったら、と急かすとまた質問がくる。

「それとも、あの子らか」
「違う。ってか早く買ったら」
「図星じゃな」
「違う」
「あの子ら、で分かるなら図星じゃろ」
「…うざい」

 普段の仁王は普通に好きだけど詐欺師の仁王は嫌いだ。何もかもお見通し、みたいな。誘導尋問や推理がやたら上手い。
 ボタンが光ったまんまの自販機がやたら気になった。早く押さないとどうにかなる、というわけでもないのに早く押せ早く押せと念じていた。イライラする。

「お前さん、あの子ら嫌いじゃろ」
「死ね!」

 咄嗟に出てきたのはその言葉だった。自販機に向かっていた仁王は初めて私の方を見て、目が合った瞬間に私は走り出していた。
 後ろでガコン、と自販機から缶が落ちる音がして少しもやもやがぶっ飛んだけど、違うもやもやが目立つだけだった。死ね、と声に出したのにすっきりするどころか更にもやもやする。死ね、死ね、と意味もなく呟いて私は走った。
 最後に見た仁王の目が離れない。あの目が何を訴えていたのかは何も分からないけれどとにかく離れなかった。

 それ以来仁王とは話していない。もう一週間だろうか。仁王の目を見るとあの目が思い出されるから仁王を盗み見るときはいつも口元を見た。口元にホクロなんかあったっけ、とかいう発見が空しい。考えていると、丸井が近づいてきてニヤニヤしながら話しかけてくる。

「仁王と喧嘩した?」
「うるさい」
「おれ、鋭いんだよね〜」

 この間背中にセロテープ貼られてたのに全く気づいてなかったくせに、という言葉は飲み込んで無視することに決めた。丸井は話し続ける。

「そういえばこの間の仁王の頬っぺ、お前がしたん?」
「…」
「痛そうだったぜー、あれ。仁王ちょう可哀想」
「…」
「あいつお前のこと好きだったのに」
「死ね!」

 また咄嗟に出た言葉に、周りが一瞬驚くけどまた騒がしくなる。丸井を見上げると丸井は笑った。

「ひでっ、お前が死ねよ」

 もし仁王があの時そう言ってくれたら、と考えて思わず仁王がいる方向を見ると目が合った。すぐ逸らされた。

 例えば私がそこらの男子に告られて、協力してた女子に殴られて、その二人の恋のキューピッドをしたあとに本命に「死ね!」って言われたらどうたろうか。

 授業を知らせるチャイムが鳴った。みんながそそくさと席につく。斜め前に見える仁王の背中を見ながら、私は何度も泣きそうになった。


090923

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